「今、ここから始まる-多職種連携と地域包括ケアのワークショップin美作」
平成24年9月1~2日、岡山大学は、医学部が中心となり、新見公立大学、川崎医療福祉大学、美作大学、旭川荘厚生専門学院に呼びかけ、岡山県美作市湯郷温泉「美春閣」において、これら5つの学校の学生、教員らが、地元の方々と共に地域の高齢者問題を考え、対話を通じて意見を交換し、交流を深めることにより、地域社会の課題を認識し、その解決策を探りました。今回の活動を通じて、現在のわが国が直面する中山間地域の諸課題を、参加者が初心に立ち返り、「今、ここから何かを始める」活動のきっかけづくりとします。
参加者は、岡山大学医学部、歯学部、薬学部の医療・ケアについて専門的に学ぶ学生中心に法学部、教育学部、文学部、理学部など、そして新見公立大学、川崎医療福祉大学、美作大学、旭川荘厚生専門学院の学生に教員を加え、総勢60名の構成です。地域総合研究センターからは、三村聡と岩淵泰先生が参加しました。参加者は、まず、地元の関係者をゲスト(パネリスト)をお招きし、中山間地域における医療、介護、家族、地域コミュニティ、モビリティの実態についてお話をお聞きしました。また、医学部と法学部の学生が、代表してゲストに質問をさせていただきました。それを受けて、用意された課題に基づき、初日のワークショップに取り掛かかり、グループごとに結果発表をしました。
医学部浜田淳先生の挨拶でスタートしたワークショップは、まず、コーディネータ役を担当する岡山大学医学部大学院生の葛西洋介先生の進行でパネルディスカッションが始まりました。以下に3人のゲストスピーカーのお話をまとめて紹介します。
美作市の地域包括ケア活動の最前線での報告を、美作市「愛育委員会」会長新井和代氏にお願いしました。
愛育委員会について簡単にふれますと、美作市愛育委員会設置規則によれば、愛育委員事業のきっかけは、「公衆衛生の担い手として県の委員会設置により、昭和24年から30年に旧町村で、母子保健活動を中心として、乳幼児死亡率減少等を目的に開始した。母子保健を中心とした母と子の健康づくりから、高齢者の健康づくりまでその時代に応じて活動をされてきた。これらの流れをくみ、現代にあった健康づくりを担うため選出されている。他県では愛育班員である」とされ、その活動内容は「愛育委員は母子保健を中心とした生涯にわたる健康づくりの推進に努め、健康で明るい社会をつくることを任務とし、6つの支部で構成された美作市愛育委員会として組織し、総会、研修会、研修会の実施、行政が行う健康づくりの支援と自主活動、担当地区内の家庭訪問活動を行う。
具体的には、妊産婦教室、乳幼児健診、育児相談、思春期の保育体験等、成人の健康診査(各種がん検診、結核検診)、受診対象者調査、健康相談の参加の勧めと当日の手伝い。介護予防ニーズ調査、閉じこもり予防支援、自立の人への支援。声かけ訪問(ひとり暮らし高齢者、寝たきり者)、赤ちゃん訪問。ふれあいサロン活動支援、健康広場、健康を考える集い支援、禁煙活動、障害者等施設慰問、奉仕活動、乳幼児クラブ活動支援、子育てサロン支援、地域の子育て支援活動、子どもフェスティバル、三世代交流など。地区内他組織との協働(栄養改善協議会、民生委員・児童委員会、社会福祉協議会、老人クラブ、学校、保育園等)。団体補助金の使途は、年度愛育委員活動計画に基づいて、市全体の愛育委員等研修会、支部、地区内での交流や研修会、健康を考える集い、訪問活動に使用している」とあります。
新井会長のお話は、この活動のなかで主に高齢者の見守り活動について、その実態を紹介いただきました。とくに健康づくり面で、市の検診を勧める活動、孤立化を防ぐためのサロンづくり、また、見守り活動では、なかなか家の中に入れてもらえない老人世帯について、包括支援センターと連携しながら、粘り強く声かけ、見守りを続けているとの報告が印象的でした。新井会長の「ドアを開けてくれればしめたもの」、家の中に他人を入れたくない老人が心を開いてくれた時の喜びが会場全体にひしひし伝わってきました。また、サロン活動(町内に全部あるわけではない)では、地域で女性グループをつくり、楽しくおしゃべりをする。そこで接着剤の役割を果たし、包括支援センターにつなぐ活動を意識されている。「孤立化しそうだった高齢者の方が、コミュニティや公的サービスと関わりを持ち始め、活き活きと暮らせるようになれば、ますます、やる気がわきます」
新井会長のお話はリアリティに富み、若い学生の心に響いたと確信しました。
次のスピーカーは、美作市高齢者福祉課課長補佐で、美作市地域包括支援センター副センター長の菊池澄江氏です。
まず、平成18年に発足した美作市地域包括支援センターについて、簡単にふれます。平成18年3月31日告示第62号美作市地域包括支援センター設置運営要綱によれば、その目的は「(目的)第1条 この告示は、介護保険法(平成9年法律第123号。以下「法」という。)の被保険者等に対し、要介護状態等(法第7条第1項及び第2項に規定する要介護状態等をいう。)となることの予防、自立した日常生活を営むことができるための支援等を行うことにより、当該被保険者の保健医療及び福祉の向上を包括的に図るため、法第115条の45第2項の規定により、美作市地域包括支援センター(以下「センター」という)を設置し、その管理及び運営について必要な事項を定めることを目的とする。」とあり、センターには、保健士、社会福祉士などがいて、その活動は6年目を迎え、健康相談などを中心に介護の専門家への無料相談や同じ介護で悩む人同士の情報交換の場の提供をはじめ幅広い活動を展開しています。
菊地さんによれば、「そもそも「地域包括支援センター」という名称が難しく、市民に馴染んでもらいにくい」との談が印象的でした。確かに、今回の企画を学生に呼びかける際に専門以外の学生から「地域包括医療・ケア」って、そもそも何のことですか?との問い合わせが多かったことを思い出しました。こうしたなかで、美作市の高齢化比率は上昇を続け、さらに認知症や要介護者が増加傾向にあると指摘されました。力を入れておられる活動としては、「体操教室の開催があり、公民館など自宅から徒歩で通える施設で開催され、現在233人のサポーター(指導者)がいる。このサポーターを育成するための「元気体操教室」も開催され、6回の参加でサポーターとして地域で開催してもらうシステムになっている。また、参加者が飽きないための工夫として、研修会を年2回開催して、新しい話題やリクリエーションネタを提供するようにし、そこでは介護予防につながるテーマや内容で実施されている」とのお話を伺いました。
さらに、「愛育委員、民生委員が見守り活動をしてくれている、その輪をさらに幅広にしたい。早期発見に向けて、業者(新聞配達、ヤマト便、郵便局)の皆さんに協力を募り、こうした見守りの輪を広げるために新しい組織が発足した。それは平成22年12月に発足した「ホットネット」である。これは、地域に関わる人たちの日常活動のなかで、心配と気づいた人が、地域包括支援センターに報告するという仕組み。これまでは、「老人生体の異常に気づいた際もどこに連絡すべきか分からない」との声が多かった。それが、地域包括支援センターが窓口になって、コミュニケーションがとれるようになったことは大きな前進である。
こうした活動実施も、まだまだ、相互に助け合い、話し合う場が足りないのが現状で、社会福祉協議会と連携して、地区での話し合いや互いの活動を理解しあう運動、さらに定期的な情報交換の場を創出したい。そこでは、早期発見、早期支援を目標に、地区・地区の独自性を活かした地区社協の基盤整備事業について地域包括支援センターとしてフォローし、協調して、介護予防事業の推進と壮年期からの健康づくり、高齢者の健康、認知症対策にも力をいていきたい。さらに保険所など関係機関との連携や職員自身のレベルアップも必要である」と活動実態や決意を述べられました。
現場における基礎自治体の地域との連携活動の様子を、わかりやすく説明いただきました。多くの学生が、要所要所でうなずいていました。
西粟倉村は、岡山県最北東部に位置する人口1,556人の村です。最後に話題提供を頂いた中野さんのお話は、厳しい現実を直視しながらも、地域コミュニティの力と創意工夫で村を維持している姿が伝わり、学ぶ点が多く、とくに経済優先の国づくりを転換せねばならない今の日本にあって、地域の助け合いから生まれる幸せについて、本来の人の生活とあるべき姿を思い起こしてくれました。
中野さんのお話の要諦です。「基礎自治体の財政は、大変に厳しいものがある。税と社会保障の一体改革が言われているが、わが国の実情は、高齢者は年間100万人増加し、働く人が100万人減っていると言われている。こうした状況のなかで、西粟倉村では、年金問題や医療と介護の問題は深刻で、さらに基幹産業であった林業や木の加工業の衰退が続いている。仕事を求めて津山市へ働きに行く人が多い、また、村内では、土方(どかた)や山仕事などきつい仕事に従事する人たちは、国民年金の受給対象者が多いのが現状である。また、都会でモノを買える生活ではない。物質経済的には不便地域であるが、ただ、みんな幸せに暮らしている。平素は、野菜を作って食べる。つまり、涼しいうちに畑へ出て、暑い日中は昼寝をする。そして夕方に、またひと仕事。雪が降る冬はコタツで丸くなる。こんな実情や風景が西粟倉村である。
こうしたなかで、地域包括支援活動を展開している。青少年は忙しい。自らの仕事はもとより、消防団活動をはじめ、スポーツ少年団など地区の仕事は多く、高齢者の見守りも日常の活動に溶け込んでいる。つまり、ひとりが複数役をこなしてコミュニティを維持している。子供は、年間10人ほど生まれる。不登校の児童が出ると、みんなで関わって、地域コミュニティ総ぐるみで解決している。一方で、親は、人間関係の固定化を危惧している点も課題である。そこで、子供の数より、どのような子供を育てたいかを重視している。
自治体の役割は、健全な生活、つまり当たり前の生活を維持・確保することである。それは自分で稼げて、安心・安全に子供を産めて育てられる。歳をとっても安心して暮らせる。その実現に向けて、現実とのギャップを分析して、評価し、施策を立案している。保健福祉の面では、施策の包括性を重視して、低コスト化を図り、無駄をはぶく施策を進めている。そのために西粟倉村では縦割り行政を改め、テーマごとにチームをつくり課題解決にあたっている。医療と介護の問題では、まずは予防が大事であると考えている。なるべく病院にかからずに済む環境づくりである。つまり、身近なところからしっかり取り組むことである。また、独居高齢者世帯(介護認定)については、こうした世帯をそのまま見過ごすと、西粟倉村に暮せない可能性が高くなる。しかし、施設に入れるとお金がかかる。そこで、脳血管障害、高血圧、糖尿病などの予防を医療機関と連携して進めている。入院抑制を進めるためには、地域コミュニティの結束と地域包括ケア体制のさらなる強化による幸せな村づくりに取り組んでいる」
参加した多くの学生から感嘆の声が聞こえました。
こうして3人のゲストスピーカーのお話を受けて、医学部医学科4年の吉村翔平君と法学部4年の植山祐芳(ゆか)さんが、学生を代表して3人のゲストに質問をしました。
こうして、中山間地域における地域包括医療・ケアの実態を、最前線で活躍されている専門家から直接話をお聞かせいただくことで、現実の一端を知ることができました。この後、幅広い課題抽出と解決に向け、ワークショップが開催されました。学生たちは与えられた課題について、二日間、熱い議論を交わしながら、課題解決に向けた提案を行いました。
参加した教員全員が学生たちの各グループに加わり、アドバイスを行いました。個人的な印象としては、学生たちの素直な提案内容に、教えられたことの方が多かった気がします。また、夜に開催された交流会では、活発な大学間交流が進みました。あったその日に仲良くなれる。これは学生の特権というか、持ち味というか、一緒になってとても有意義な時間を過ごさせていただきました。こうした地域での大学間交流を今後とも積極的に継続することは、意義深いことであります。学生たちが、こうした対話を通じて地域社会に眼を向け、課題解決のための実行計画を考え、自らも将来は社会の成員として地域コミュニティの持続・発展のために活躍する動機づけになってくれれば良いなと感じました。
地域総合研究センターとして、全体の企画・運営を担当された医学部の浜田淳教授をはじめ、岩瀬敏秀先生、葛西洋介先生、土居弘幸先生、歯学部の水谷慎介先生、そして二日目のワークショップを見事に成功に導いてくださった川崎医療福祉大学の竹中麻由美先生、また専門的な知見からアドバイスを頂いた、同大小池将文先生、新見公立大学の久保田トミ子先生、松永美輝恵先生、旭川荘厚生専門学院の小渕順子先生に、心より感謝申し上げます。
なお、7月に開催した津島キャンパスでの準備説明会の様子も含め、今回の現地での写真を掲載します。下記リンク先からご覧ください。