いよいよ、フルムーン旅行も最終日を迎えました。
5月24日、美味しい富山米の朝食を頂き、「弥次兵衛」のご主人と女将さんにお礼を申し上げて宿を発ちました。
ご主人は最後まで手を振って見送ってくれました。
心から感謝いたしました。
さて、世界遺産の五箇山相倉集落へ向かいました。
同じ合掌造りを核とした世界文化遺産ではありますが、五箇山と白川郷を歴史的に比較しますと、五箇山が加賀藩の下でその影響を受けてきたのに対して、白川郷は飛騨高山と同じく幕府の天領であったという違いが指摘されています。
まず、相倉地区へ参りまして感じたことは、綺麗に整備はされていますが、あまり観光地としての匂いがしない点です。直感的ですが里山の素朴さが伝わってきました。
相倉地区が一望できるという全景スポットへ看板誘導され、しばらく坂を上りますと、これは流石だと思われますポイントがありました。途中には綱が張ってあり、等間隔に鈴が結び付けられていました。これは熊や猪よけだと説明書きがありました。幸い、午後からお天気が下り坂との予報でしたが、朝早くて山々が鮮やかに見えましたので、さっそく写真を撮らせて頂きました。
それから集落をゆっくりと一周させて頂きました。火災から世界遺産を守るための消火栓と放水銃が、要所要所に設置されています。また、畑の野菜には、何を植えているのか、日本語に合わせて、英語でも品種が手書きで紹介されていました。
集落を守る地主神社も綺麗に掃除がゆき届いており、各家の庭や道端には花が植えられていて、春を迎えて手植えでの田植えが始まっていました。耕作機械も見つけられましたが、大型機械は見えませんでした。なんとものどかな田園風景に合掌造りが、自然な姿で映えていました。
さて、集落の奥にある相倉伝統産業館を見学させて頂きました。
ここには興味深い品々に合わせて、4種類の合掌づくり集落を紹介したビデオがあり、管理を担当されている御年、喜寿を迎えた女性が解説をしてくださいました。
とても心温まるおもてなしに感激いたしました。
2階には、懐かしい蚕棚が残されており、子供の頃、愛媛の実家では納屋の2階に蚕棚があったことを思い出させてくれました。
こうして、五箇山相倉集落では、世界文化遺産の美しさと、それを守る地域の皆様の熱意を随所に感じることができました。
五箇山を後にして、一転して富山の海の幸を求めて、一路、氷見市の海岸を目指しました。
あいにくの雨模様となりましたが、まず、ひみ岸壁市場を見物させて頂きました。もう少し期待していたのですが、土曜日ながら閑散としていました。漁業の手法や昔の写真を見学させて頂きました。観光遊覧船も休業とのことで諦めました。
そこで道の駅「氷見」に引き返して、娘たちへの土産物を買い求めました。鱒寿司と白エビ煎餅をゲットしました。お昼は、隣接する「氷見前寿し」にて、地元の鮮魚からチョイスして握ってもらいました。回転ずし形式ですが、注文を受けて職人さんが、握って提供してくださるシステムです。チェーン店の回転ずし屋さんとは、ずいぶんランキングが上で、お値段もそれなりで満足いたしました。
お昼を済ませて、高岡市方面へ引き返し、雨晴海岸に参りました。道の駅「雨晴」に駐車、JR氷見線の線路を渡り、海岸へ降りました。雨ですので、立山連峰を望むことはできませんでしたが、しばらく海岸を散歩して、腹ごなしタイムといたしました。ここのshopは加賀藩の土地柄を想像させてくれるお洒落なグッズや飲食も若者に人気のメニューが並んでいます。全国に1,200ほどの道の駅があるわけですが、センスの良い道の駅のひとつであると確信出来ました。
そして、高岡市に二つある国宝を訪ねて、今回の旅を結ぶことにいたしました。
まず、JR伏木駅から参道が続く、戦国時代に越中一向一揆で名を馳せた浄土真宗「雲龍山勝興寺」に参拝いたしました。古くは大伴家持が5年間国守として執務した越中国庁があったとされる地で、国宝は「本堂」と「大広間及び式台」の2棟で拝観させて頂くことができました。20余りある威厳を誇る建築群の多さや、周囲にも複数の寺社を配置していることから、当時の隆盛ぶりを偲ぶことができました。重要文化財「洛中洛外図屏風 六曲一双」(レンジはレプリカ)はじめ、写真撮影が許された箇所でシャッターを切らせて頂きました。記念に御朱印を頂きました。
そして、最終の見学地、国宝「高岡山瑞龍寺」へと参りました。曹洞宗高岡山瑞龍寺は、加賀藩2代藩主前田利長公の菩提をとむらうため三代藩主利常によって建立された寺であり、山門、仏殿、法堂が国宝に指定されています。
ここは2度目の訪問ですが、本当に加賀100万石の古を想像するに余りある、見事なお寺です。回廊をゆるりと廻り、本堂では、蝋燭とお線香にお光を灯させて頂きました。
三村家は曹洞宗ということもあり、家内安全と無病息災を祈願させて頂きました。
そして今回の旅の安全への感謝、そして娘たちへの気遣いにも感謝の意を捧げました。
こうして、3泊4日のフルムーン旅行は、生涯の思い出として、心に刻まれることとなりました。