「岡山大学の源流」シンポジウム

2月5日、岡山大学に着任して6年目、初めてしっかりと岡山大学の源流を学ぶ事ができました。

幕末まで遡る医学部の歴史、旧制第六高等学校の生い立ちと歩み、大原孫三郎の思想が源流となる大原農業研究所、世界を視界に置いて今日まで発展してきた礎を知ることができました。岡山大学は、昭和24年の設立以来、現在11学部7研究科を有する総合大学です(国立大学では北海道大学12学部に次ぐ学部の多さを誇っています)。岡山大学発展の底流には、岡山が地理学・地政学の点から、恵まれた風土であり、その環境のなかで大学と学生たちが育まれ、同時に日本最古の庶民の学校として知られる閑谷学校(岡山池田藩)や幕末の偉人山田方谷を生んだ備中松山藩、蘭法(オランダ)医学をいち早く学び広めた津山藩、そして民間の力で社会や科学の本質を見極めようとした倉敷の大原孫三郎など、脈々と連なる学問への志・精神の流れがあったことを改めて学ぶことができました。


このシンポジウムは、学内外の識者が“岡山の教育”と“岡山大学の源流”について語り、これからの岡山大学の未来に向けた扉を開いてくださいました(会場は岡山大学創立五十周年記念館金光ホール。シンポジウムでは、開会の辞を森田潔岡山大学長、そして第1部では、荒木勝岡山大学理事・副学長が基調講演をされ、続いて、大塚愛二岡山大学医学部長が医学部の系譜を、金政泰弘第六高等学校同窓会長が、明治期の大学から旧制高校、戦後の国立大学、そして現在に至る歩みを、大原謙一郎大原美術館名誉理事長が大原孫三郎の思想信条に基づく研究機関や病院、美術館の創設の理念と岡山大学植物資源研究所の源である大原農業研究所について、まさに「覚醒」という表現がふさわしい、すばらしい講演を頂きました。第2部のパネルディスカッションでは、第1部の講演者に加えて、今津勝紀岡山大学附属図書館副館長、そして若者代表として、山陽新聞社平田亜沙美氏(平成25年度卒業生)、肥田大雅さん(工学部4年生)が登壇、荒木理事のコーディネートにより、熱い議論が展開されました。閉会の辞を沖陽子岡山大学副学長・図書館長がされました。

私自身、学部生時代は、私学の出身なので、建学の精神や伝統、強み、卒業生の系譜など大学にまつわる情報を新入生の折に聞かせて頂く機会が多かったと記憶しています。特に神宮の六大学野球への応援は、優勝戦などでは教員が授業を休講にして、応援に行くように指導する(正規の指導と言えるかどうかは別として)ケースがよくありました。学生運動の残り香がある時代ですので、今とは比較のしようが無いかも知れませんが、学生たちに対して学び舎(キャンパス)を単なる箱としてだけではなく、歴史や校風に包まれながら学んでいるという大学カラーを感じてもらいながら、キャンパスライフを送ってもらう事が重要であると思います。

例えば、小職が博士号を頂いた京都大学や、同じ旧制高校として親交の深い金沢大学には、訪れるものを唸らせる記念館があります。また、関西の私学では、同志社や関西学院大学の記念館は、建物自体が文化財級であります。岡山大学の旧制高校時代の品々は、県立朝日高校にあります。郊外移転をせず、駅近くの市街地にキャンパスを有する大学としては、北海道大学に次ぐ広さを有しています。なんとか岡山大学も図書館か旧事務棟(旧陸軍第17師団本部跡)に記念館を作るなど、また、あわせて大学説明会や入学時のオリエンテーションの機会に、こうした源流を若者たちに伝える必要性があると痛感した次第です。


また、併設されたパネル展示にも数々の貴重な資料が掲示され大変勉強になりました。

大学とは何かを改めて問う、そして目から鱗、温故知新、価値あるシンポジウムでありました。