扇千景さんを偲んで

扇千景さん(元国土交通大臣)が、3月9日、89歳でお亡くなりになりました。
2006年4月2日、重要文化財日本橋の上に架かる、首都高速の地下埋設に向けたセレモニーをお手伝いした時の一枚です。
前の東京五輪で急いで工事をした首都高速道路は日本橋川沿いに架橋されたため、重要文化財「日本橋」の頭上に横たわっています。つまり、日本の道路のゼロ地点である日本橋は首都高のために日があたりませんし、空を見上げることが出来ません(首都高速の裏側しか見えない)。
その首都高を壊して日本橋川の地下へ移設して、もって日本橋に太陽の光をあて、周辺の再開発でもって水辺の親水空間を作ろうというのが政策課題でした(大阪の道頓堀川は一応成功していると思います)。当時、この工事を成功させる後押しをするために、扇さんのパートナーである、上方の歌舞伎役者、坂田藤十郎さん(人間国宝)の襲名披露を活用しようとの企画が進行しました。
それが国土交通省業務で担当した坂田藤十郎襲名披露企画「道でつなぐ東西交流江戸おねり」です。シナリオは、上方歌舞伎の襲名披露を、まずは京都の南座で行い、藤十郎が東海道五十三次を江戸へ下るとのストーリーです。途中、名古屋の御園座での公演などを経て東京歌舞伎座での公演となるのですが、歌舞伎座の公演に先立ち、藤十郎は「船乗り込み(ふなのりこみ))」として、東京湾から日本橋川を船で江戸へ入るという趣向で、船で日本橋に登場、日本銀行の旧館前の広場に舞台を組み、襲名の挨拶をされ、そのまま三越本店前から日本橋を銀座の歌舞伎座へ向けて「おねり」をして頂くというBIGイベントでした。
じっと歩いて頂くわけに参りませんでしたので、途中でトヨタクラウンの赤いオープンカーに乗車していただき、無事に歌舞伎座までお連れいたしました。
さて、こうした地道な活動の甲斐あって、ようやく2040年に完成すれば、悲願であった日本橋の上空を覆う構造物がなくなり、日本橋界隈の景観が新しくなります。
いまも日本橋中央に埋まる日本国道路元標を刻む文字は佐藤栄作氏の手によるものです。
工事の無事完成を祈念しつつ、扇元大臣の志に合掌させて頂きました。