今、ここから何かが始まる-多職種連携と地域包括ケアワークショップ in 白石島(1)

10月19日(土)~20日(日)、岡山県笠岡諸島にある白石島に、県内にある旭川荘厚生専門学院、岡山大学、川崎医療福祉大学、新見公立大学、美作大学の学生や大学院生と教職員、さらに医師など約70名が参加して、「多職種連携と地域包括ケアワークショップ」を実施しました。

そこでは、10名をこえる地元関係者やNPO、笠岡市の方にご参加頂き、島の魅力や地域住民が抱える課題について話題提供頂きました。さらに島内まち歩きを実施したのち医療や介護、子供の教育、防災、島の活性化策等についてワークショップを通じて話し合い、課題の解決策を探りました。

今回の目的は、ワークショップの手法を使って、島の問題、地域づくりの問題を理解し、話合い、解決方策を見つけることです。

学生は、現地の問題に直接触れることによって、日ごろの講義では得られない実践的な問題解決能力を身につけ、さらに他学の学生や教職員、地元の方々との交流を通じて自分を見つめ直し、友情を深めました。
多職種連携と地域包括ケアワークショップ in 白石島

白石島の概要

白石島は、面積:2.96km2、周囲:10.1km、標高:169m、人口:581人(H22国税調査結果)、岡山県の紹介では「笠岡市笠岡港から約16km、笠岡諸島の中では比較的本土に近い島。花崗岩の地肌が遠くから白い雪をかぶったように見えることから、白石島と呼ばれるようになったといわれており、国の名勝にも指定されている。江戸時代には備後鞆(びんごとも)と備前下津井(びぜんしもつい)を通る内海の沿岸航路の中継地として栄えた。備後福山藩時代に干拓が行われたため、笠岡諸島の中では平地が多い島となっている。主産業は漁業で、底引網や定置網、ノリの養殖などが営まれている。島には観光資源が多く、海水浴場もあるため、特に夏場には多くの観光客でにぎわう。」とあります。

主要産業は漁業とあるとおり、現役世代のほとんどは漁業で生計を立てておられます。また、最近改善されたとはいえ、定期航路の始発(白石島7:05発~笠岡港7:37着)と最終時刻(笠岡港18:00発~白石島18:35着)や両港からのアクセス等を考慮すると、笠岡市など内地部への通勤・通学には無理があると感じました。なお航路統合により、白石島より遠くに位置する北木島や真鍋島は、従来よりも陸部への移動に時間を要することになります。こうした島の少子高齢化と人口減少に起因する離島航路の問題は、島の将来を考えるうえで重要です。子供の教育・進路と高齢者の病院通いをはじめとする医療・ケアを保障するためには、自由な移動手段が担保されることが必須であり、公共交通問題のなかで離島における移動権をいかに確保できるかが、行政に課せられた最も重要な使命の一つであると言えましょう。

次に笠岡諸島部の高齢化の現状について、笠岡市から頂いた資料でみてみると、平成24年度、島嶼部の高齢化比率合計は60.9%となっており、急速な高齢化が進んでいる実態が理解できます。とりわけ飛島は既に80%に迫るほどに高齢化が進行しており、後期高齢者(75歳以上)が大宗を占めてしまうと、集落としての機能が失われる点、医療・介護の担い手問題など自治体としての守備範囲を超えて、自然消滅の是非を問うとした生存権や幸福権などの根本議論を踏まえねばならないなどの可能性を孕んでいます。また若年人口の減少が猛烈なスピードで進んでいる実態も看過できません。

ワークショップ1日目(10月19日)

9時に岡山大学鹿田キャンパス図書館前を出発。9時15分に岡山駅前「みよしの」に立ち寄り、10時半笠岡港到着。そして11時に笠岡港をフェリーで出発、11時45分白石島到着しました。

白石島到着後は、まず浜で「白石踊り」を見学し、昼食をはさんでパネルディスカッションを行いました。

[パネルディスカッションテーマ]
「島の暮らしを考える」
【メンバー】
天野 正さん(公民館長。白石島の歴史・文化・生活一般の生き字引)
石井洋平さん(NPO島づくり海社の事務局員。離島振興の第一線で活躍)
西江雅子さん(笠岡市健康医療課統括。市の保健師を統括)
禅正和真くん(岡山大学医学科3年)
脇本正弘くん(岡大法学部4年)
【司 会】
葛西洋介院生(医師・岡山大学医歯薬学総合研究科)
天野 正さん(公民館長)の発言から

天野さんからは「島の暮らし」のなかで「解決したいが、なかなか具体策が見つからない課題」について説明を頂きました。
その要諦は、人口が600人をきる「人口減」と5歳未満が一人しかいない「少子化」の中で、高齢者には良いともいえる島の条件(住民間に深い人間的なつながりがある、高齢になっても畑で働ける、新鮮な食物など)をいかして、「コンパクトシティ」を含めてどのように地域づくりをすべきかについて問題提起されました。
印象に残ったくだりとして、「白石島をはじめ多くの笠岡島嶼部の人口ピラミッドは、かさが大きく開いたキノコに似ていて、その軸は細ってしまい、さらに根元の”いしづき”部分が消えて無くなりそうな状態である。また、航路を起点とした、公共交通機関の工夫や充実による笠岡市中心市街地への交通手段の確保とアクセスビリティを考慮すると、子供の教育機会の確保や高齢化による生活・医療面で課題が山積している。小中学校は生徒数が減れば学校の統廃合で対応せざるを得ず、買い物や医療施設で用が足りない場合は、中心市街地に出かけざるを得ない」などの点が指摘されました。
天野さんのお話の中に、少子高齢社会がもたらす20~30年後の日本の実像を先取りする姿が凝縮されているという印象を受けました。それは岡山市や倉敷市とて類似の課題を背負うことになります。すなわち、白石島の課題と解決策を考えることは、日本の将来を考えることに他ならないのです。

石井洋平さん(NPO島づくり海社の事務局)の発言から

次に石井さんからは「島づくり海社の活動」として、福祉、産業、交流、観光、協働という海社の活動を紹介して頂きました。「失敗した事業はない。成功するまでやり続ける」とのリーダーの言葉は印象的でした。
島づくり海社のホームページを引用させて頂くと「NPO法人かさおか島づくり海社は、地域の公共的役割を担い、広く一般にサービスを提供しながら、住民の創意工夫と連携強化による笠岡諸島の自立的発展を促進し、生活の安定及び福祉の向上の寄与を目的としています。このため、人口の一番多い北木島に本社を置き、各6島に支社を組織する等して、福祉、教育、特産品開発、まちづくり等幅広く住民をサポートする事業を展開しており、活動の方向付けは毎月、理事会を開催し行っています。各支社の事業は本社からの補助で行われていますが、持続的な島づくり活動に必要な経営感覚を身につけるため、事業費の3割相当額を本社に償還する仕組みとなっており、本社と各支社は、島民の困り事や要望を受け事業化しています。笠岡諸島の7島それぞれが特徴を活かしながら島づくりし、島内のサービス向上と島外との交流を行う施策を展開し笠岡諸島の活性化のために日々奮闘しています。」とあります。
感想としては、笠岡諸島では、このNPO法人島づくり海社が若い力で活動を展開していることに感心させられました。このNPOの特徴は、一般的に特定の専門領域(たとえば介護)で活動するNPOが多い中で、島の抱える課題を幅広く解決する視点で様々な活動をしている点です。
また、一般的にNPOが地域活動を展開する場合、地元の自治会や町内会と方針ややり方スタイルで相容れない場合が多いのですが、ここ白石島の場合、正式な自治会は、親類縁者で強くつながっているため組成されていないこともあり、限界集落を超えて高齢化が進んだ超限界の状況の中で、このNPO活動に期待が寄せられており、島民の多くもそれを応援する形で島おこし、観光、ケア、子供の見守り等の取り組みがなされている点です。
今後は、今回笠岡市が制度化して立ち上げられた「まちづくり協議会」を軸にして「社会福祉協議会」など地域自治やケアに責任を持つ組織と良好な連携関係を維持しながら、相互が相乗効果をあげられる活動展開に期待したいと思います。また、大学としても島民の皆さんはじめ、笠岡市やNPO、まちづくり協議会、社会福祉協議会などの団体から意見を伺い、協力できることは何で、具体的にどのように支援体制を組み立てるか検討しなければなりません(調査やワークショップだけで終わらせない)。

西江雅子さん(笠岡市健康医療課統括)の発言から

最後に西江さんから「笠岡諸島の保健」といったテーマで、「保健師の仕事は一人ひとりの死に方までを考える仕事である」こと、「島にはしっかりとした人のつながりがあり、団結力がある」こと、「介護保険給付の8割は80歳以上が使っており、健康づくりに努めることによって介護保険を使わないことができていて、今後の課題もサービスを増やすというより、自分の力でどう生きるかを住民自身が考えることが重要」であると指摘されました。
この企画は、医学部の先生方が中心に進められた取り組みであり、西江さんのお話は、まさに実践的な活動の中で現実から目をそらさず、そして行政サービスの範囲にとどまらず、誠心誠意の志で島の暮らしを支えておられる点に感銘を受けました。

学生からの質疑

その後、二人の学生から、感想や3人の方へ質問を出させて頂きました。
Q:「介護給付を受ける額は80歳以上が8割とは、どういうことか」
A:「介護保険は80歳以上の人が使うもの、との意識が高齢者にある」
Q:「海社へのニーズをどのように把握しているか」
A:「住民との会話を最も重視している」
といった質疑応答がなされ、パネルディスカッションは終了しました。

多職種連携と地域包括ケアワークショップ in 白石島

まち歩き

パネルディスカッションの後、川崎医療福大学の竹中麻由美准教授のご提案により、翌日のワークショップで議論をする前に「実際に島を歩いてみる」ことにしました。パネルディスカッションの議論を受けて、学生たちは8つのグループに分かれ、島の皆さんの案内で、徒歩にて島のなかをまち歩きに出かけました。島を巡りながら、島の自然環境、歴史や文化、そして直面する課題を教えて頂きながらのまち歩きです。
多職種連携と地域包括ケアワークショップ in 白石島
学生たちへ与えられたテーマは、島の方のお話をお聞きしながら、気づいた点をメモし、同時に感じたスポットをスマートフォンで撮影して、明日のワークショップで写真付きで課題解決に向けた提案をすることです。約2時間弱ほどの時間を有効に活用し、島の中心市街地や主要なスポットへお連れ頂き、グループごとに各人思い思いの感想や意見を話し合いながらまち歩きができました。人の話に耳を傾け、自からも考えを話すことにより、傾聴力と表現力、そして何よりグループのチームワークを高めてもらうことが狙いであり、また、想像力の豊かさが試される点は、課題解決力の養成を意識したプログラムです。

多職種連携と地域包括ケアワークショップ in 白石島

島の頂上(標高:169m 晴れた日には四国がみえる)

まち歩きでは開龍寺とタイ式仏舎利塔にも島の方にご案内いただきました。岡山県HPによれば、「弘法大師が唐から帰朝の途中に立ち寄り、一寸八分の尊像を刻んで島に残した。島民は、尊像をまつる大師堂を建て、笠岡市神島(こうのしま)に開いた八十八箇所の奥の院としたという。元暦元年(1184年)、源平水島合戦での平家の戦死者を弔うため、慈眼寺が建立され、寛永2年(1625年)に開龍寺として再建された。昭和43年には、タイ・バンコクの名刹ワットパクナム寺院から仏舎利と釈迦如来像が奉納され、同45年にはタイ式仏舎利塔が日本で初めて建立された。」と紹介されています。

学生たちは、境内にてこうした建立のいきさつをお聞かせ頂きました。信仰と観光の拠点です。

2日目の記事に続きます。


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