第20回北前船寄港地フォーラムinおかやま

母の見舞いに、7月15日は、岡山名物、桃とぶどうを奮発、土用の丑の日が近いので鰻と思いましたが予算不足で、地元のアナゴ丼を買い求め近況報告に持参いたし、母は大いに喜んでくれました。

さて、午後から瀬戸内市牛窓公民館で開催された北前船フォーラムに参加しました。同フォーラム実行委員会の会長は山陽新聞社の越宗孝昌会長、副会長は岡山商工会議所の岡崎彬会頭です。主催者によれば「北前船は、江戸時代中期から明治時代中期まで、北海道と大阪を、日本海経由で運行されていた廻船であり、広範囲の物流ネットワーク機能により、途中の寄港地を結んで瀬戸内海及び日本海側の経済圏が形成され、各地の文化の形成にも大きな影響を与えました。

ここ岡山にも、岡山藩の海の玄関口として栄えた北前船の寄港地・牛窓(瀬戸内市)や下津井(倉敷市)、日比(玉野市)などがあり、牛窓で降ろされた物資は岡山城下へ運ばれておりました。また、下津井は、北前船の寄港地として栄え、その北前船から仕入れたニシン粕は綿花の肥料として使われてきました。ニシン粕は綿花の栽培に欠かすことが出来ないものであり、これが繊維の町としての今日の繁栄に繋がっています。」と紹介されています。

シンポジウムは、武久顕也瀬戸内市長の挨拶で始まり、韓国からの来賓のご挨拶を受けました。基調講演は、岡山大学の倉地克直名誉教授が「朝鮮通信使と瀬戸内海上交通」と題して豊富な歴史資料に基づき丁寧な講話をされました。とても興味深い内容で、朝鮮通信使と北前船は歴史的に同時期に運航されており、北前船の乗組員が遭難して朝鮮に流れて命拾いした際に、朝鮮通信使として牛窓に寄港したおり、とても手厚いおもてなしを受けた恩に報いて、日本人の乗組員を丁寧に保護して帰国させたという史実の紹介に会場は沸きました。また、日韓共同により「朝鮮通信使」が「世界記憶遺産」に登録間近であることを学びました。

パネルディスカッションでは、「世界に誇れる瀬戸内海観光の展望~日本のエーゲ海から~」と題して、観光庁はじめ、せとうち観光推進機構、JR、ANA、JALなど交通事業者や専門家が登壇、中四国連携の具体例など、瀬戸内を多面的に活かす観光事業を進めようと呼びかけました。閉会謝辞は岡崎彬会頭が結ばれました。

裏方を瀬戸内市や岡山市の顔見知りの職員の皆さんたちが会場整理や交通誘導に暑い中、活躍されていました。

ご苦労様でした。