4月5日、山陽新聞主催で、国土交通省から徳山日出男事務次官をゲストにお迎えして、おかやま都市活性化フォーラム「新たな活力を生み出せ」が開催されました。
山陽新聞社の最上階のお部屋で昼食を頂きながら歓談させて頂きました。わたくし事ながら、わたくしが徳山事務次官に初めてお会いしたのは、10年以上前になります。平成17年「関東地方整備局道路部長」の折でした。その次の思い出が、何と申しましても平成23年の「東北地方整備局長」にご就任直後の、3.11 東日本大震災の直後、4月15日です。災害対策本部で、陣頭指揮を執られる局長室を訪問させて頂いたことです。官邸が混乱し、岩手、宮城、福島3県の連携が求められる中で、自衛隊をも含む、全ての指揮をとられたのが、徳山当時の東北地方整備局長でした。局長室には、夜具が引かれ、1ヶ月が過ぎても、不眠不休で、一度も自宅へ戻られず復興、復旧作業に汗をかく姿、そして発災直後のお話をお聴きしているうちに、涙が止まらなくなったことを覚えています。
そして、次が、平成26年秋、技監のおりに、岡山大学で開催した、超小型モビリティの試乗会と研究会へお見えいただき、話題提供、岡山の発展に向けて熱いエールを頂いた記憶です。
そして、本日は、事務次官というお立場で、故郷岡山の地で、再び、お話をすることができました。
さて、その基調講演では「生産性革命と岡山の未来」と題して、現在のわが国が直面する課題を解決、突破するためには、従来型ではない、新たな生産性の向上による技術立国の維持を実現することが肝要であると説かれ、その実現のための手法について、持論を披露いただきました。さらに、後段では、岡山市のご出身にふさわしく、地元の豊富な歴史とデータに基づき、先人が成し遂げた、干拓による耕作地の飛躍的な拡大による晴れの国の活性化政策に触れ、昔の岡山人は、チャレンジ精神が旺盛だった点を思い起こし、果敢に未来を切り拓いて欲しいとエールを贈って下さいました。
休憩をはさみ、続くパネルディスカッションのコーディネーターを担当しました。「県都岡山の都市活性化」を議論するという統一認識のもとに、「新たな活力を生み出すために求められる課題や方向性について」ご議論頂きました。
急激に進む少子高齢化や人口減少への対応が、我が国全体の大きな政策テーマとなる中で、これまで順調に人口が増加してきた岡山市においても、近い将来、人口減少期に突入することを見据え、中長期的な展望に立ち、持続可能なまちづくりを進めていく必要があります。
パネルディスカッションでは、まず議論の口火を切って、大森雅夫市長が、第6次岡山市総合計画「新総合計画」(2016年度~25年度)の重要な点として、経済の活性化シナリオとコンパクトシティの正確な考え方を示されました。総合計画とは、まちづくりの中長期的な指針として、基本理念や将来像、政策・施策の基本的な方向性を示す、最も重要な計画であり、市政にとって羅針盤のような役割を果たすものです。どのような街を目指すのか、その考えが披露されました。
次に、岡山商工会議所の岡﨑彬会頭から、「晴れの国おかやまデスティネーションキャンペーン」がスタート、瀬戸内国際芸術祭の開催、今秋には初の岡山芸術交流が開催されますが、よく、「キャンペーンが終われば、元の木阿弥」という事も世間では言われます。今回の流れを、一過性に終わらせず、岡山の財産として活かしてゆくためには、何が必要かをお聞かせいただきました。
その背景として、岡山市総合計画で、岡山市初の国連機関によるESD国際会議の開催を契機として市民協働意識が高まる一方で、岡山駅前への西日本最大級の大型商業施設の開業など、都市ビジョンの策定時には想定していなかった大きな環境変化も生じています。こうした変化について、会議所では、イオンモール岡山の出店に際して、様々な議論が展開され、会議所、岡山市、岡山大学は連携して、イオンモール岡山の開業前後で「商業調査」を実施いたしました。そのイオンモール岡山開業後の岡山駅前地区の現状についてどうみて、また、表町地区や後楽園、岡山城周辺、カルチャーゾーンとの回遊性をどう高めていくか、こうした諸点を踏まえて、経済界のトップの立場から、お考えをお聞かせ頂きました。
そして、中村圭二郎JR西日本岡山支社長には、「晴れの国おかやまデスティネーションキャンペーン」のスタートを受けて、そのインパクトとJRが果たすべき役割についてお聴きしました。特に、市民参加による、地域の企画展開や資源活用も進むなかで、今回のキャンペーン拠点となる岡山駅を中心とした、岡山市中心市街地全体の活性化や、公共交通、「ももちゃり」など、鉄道とその他のモビリティとの連携の重要性についており、岡山駅の案内も、「後楽園口」と「運動公園口」に生まれ変わりました。岡山駅運動公園口(旧西口)には、岡山済生会総合病院、県医師会館、朝日医療大学校など、続々と新施設が誕生し、スポーツによる「まちづくり」や奉還町商店街界隈の活性化が進んでいます。こうした観点も踏まえ、西日本最大の交通結節点を、「守り」、「育てる」、というお立場から、「晴れの国おかやまデスティネーションキャンペーン」に臨む決意と、地域活性化の展開シナリオをご披露いただきました。
最後に、阿部宏史岡山大学理事(総務企画担当)・副学長からは、岡山市第6次総合計画はじめ、岡山市の都市交通計画など、様々な策定に、長く、そして深く関わってこられた豊富な経験に基づき、第1点は、コンパクトシティの必要性と中心市街地の活性化や都市交通政策という中心核全体の課題や方向性について、次に、そのなかでも、大学が集積し、さらに県総合グラウンドを有する「運動公園口エリア」が岡山市全体で果たすべき役割や都市全体の中での一体的活用について、そして、地方創生が言われるなかで、県都としての広域連携や都市間連携の必要性が問われており、中四国の交通結節点に位置し、人口160万の岡山大都市圏の中心都市である岡山市には、産業の振興や雇用の創出など、圏域全体の成長と発展をけん引する役割を担うことも求められていることを踏まえ、周辺の7市5町と取り組む「連携中枢都市圏構想」について、持論をご披露いただきました。
この様子は、翌日の山陽新聞にも報道されましたが、改めて4月30日の同紙に、全面見開きで、その詳細が掲載される予定です。
上の写真は、前列中央徳山事務次官、左岡﨑岡山商工会議所会頭、右大森岡山市長、後列左から松田山陽新聞社社長、中村JR西日本岡山支社長、阿部岡山大学理事・副学長、小職です。