下津井

最近の日課となっているリハビリ散歩に出かけました。

2月27日は、前日の26日に開催された、一財)地域公共交通総合研究所の理事会で積み残し案件が出たため、その続きを夕方から両備HDで行うことになりましたので、あまり時間に余裕が無かったのですが、倉敷市児島の鷲羽山に向かい、しばし瀬戸大橋を眺めてから売店をひやかしてから下津井漁港へ参りました。

岡山観光HPによれば「下津井は瀬戸内海に面する港町で、江戸時代には、北前船による綿花、ニシン粕の中継取引港として、また、海を隔てた讃岐金毘羅参りをする人々の宿場として大いに繁栄しました。今でも当時の商家やニシン蔵などが残され、港町の雰囲気がよく残っています。」と紹介されています。

観光名所となっている「むかし下津井回船問屋」の駐車場にクルマを停めて、久しぶりに見学をいたしました。最近は地方創生の関連として、せとうちDMOなど観光政策が展開されています。また、日本遺産プロジェクトでも北前船に注目が集まっています。


こうした観点から、改めて北前船に関係した展示を中心に拝観しました。

ここ下津井は瀬戸内のタコが特産になっていますが、乱獲が進み、いまでは漁獲量が落ち、いまでは貴重品になりつつあるようです。

ひな祭りとあって、座敷には端正なひな人形が飾られていました。

しばらく見とれました。

それから海岸沿いを歩き、祇園神社に参拝いたしました。

ここは、岡山県神社庁のHPによれば「本神社の境内地は旧城址であって、城の鎮守として長浜大明神を奉斎した。下津井港の発展につれて神威は山陽・山陰・九州・北陸の諸国に及んだ。下津井城主池田氏は廃城の後までも崇敬篤く、文久3年には参道を寄進した。明治3年12月素盞嗚神社と改称。明治43年10月八柱神社を合祀。同21年9月祇園神社と改称。昭和3年神饌幣帛料共進神社に指定された。」と紹介されている通り、素盞嗚神社と八柱神社が合祀されているため、御祭神は、素戔嗚命、奇稻田姫命、大蛇アラ正、長浜神、八社大明神、事代主神が祀られています。そのためお社が珍しく二つありました。


瀬戸内海や瀬戸大橋が一望でき、満開の梅の花と共に見事な景観でありました。

梅の芳香が境内一杯に漂い、メジロが忙し気に蜜をついばんでいました。

お参りを済ませ、御朱印を頂きました。

穏やかな陽光と瀬戸内の眺望、そして梅の香りに心が洗われました。

お昼時になりましたので、児島のラーメンの名店「幸楽」でラーメンを頂き、帰路につきました。

すこし慌ただしかったですが、ガソリン代とラーメン代という安上がりで満足した時間を過ごすことができました。

午後は、研究所の理事会へ参りオンライン会議に参加いたしました。