セントラルホテル岡山にて

4月17日(火)、は岡山商工会議所さんとの交流会を西川緑道沿いにあるセントラルホテル岡山1Fのお店で開催しました。それに先立ち、このホテルの10Fに移築されている、昔この地にあった家屋の座敷を見学させていただきました。
ホテルは普通のビジネスホテルなのですが、ドアを開けると、そこは純和風旅館の高級なお部屋を思わせるたたずまいが現れました。床柱や梁のつくりも見事で、とりわけ欄間の細工や床の間の造作は、そうとうな技を持つ職人さんの手によるものと素人の私にも推測できます。
旧杉山邸の一室
 ▲&nbsp旧杉山邸の一室
ご案内頂いた、女将(杉山真子専務)は、宇喜多秀家の母(おふくさま)の歴史を語る会である「おふくの会」会長も務めておられます。さて、女将によれば、幕末には西郷隆盛や勝海舟、もしかすると坂本龍馬も立ち寄った屋敷であり、祖父にあたる杉山岩三郎氏は、岡山西郷と呼ばれ、東京から多くのことを岡山に取り入れた方で、実は岡山商工会議所を開設された方であるそうです(商工会議所は明治11年に東京、大阪、神戸で設立され、その後主要な産業都市に相次いで設立された。岡山商工会議所は、「岡山県商法会議所」として明治12(1879)年12月、中四国初、全国でも10番目の商工会議所として設立されている)。
実際に主にあてた西郷従道直筆の手紙が飾られていました。女将さんから杉山岩三郎氏の生涯を通じた岡山への貢献と幕末当時の世相や戦前戦後のまちの変遷について興味深いお話をお聞かせいただきました。このお部屋は普段宿泊には使っていないそうですが、茶の湯や日本的な催しなどには利用しているとのことです。
西郷従道の手紙
 ▲&nbsp西郷従道の手紙

史ゆかりの間
「この部屋は幸いにして戦災を免れた旧杉山邸の一部で、備前西郷と言われた杉山岩三郎の建設したもの。明治維新の元勲、伊藤博文、勝海舟、大山大将など次いで大隈重信、財界では、渋沢栄一、安田 善次郎、その他多数の政財界名士、昭和に入ってからは加賀宮様、近くは吉田首相の御駐泊になられた由緒ある部屋である。当ホテル建設にあたり取り壊すに忍びずこのホテル内に収容した次第であります。 昭和57年6月 館主敬白」

とあります。
留学生に日本(岡山)の近代の歴史や文化を知ってもらう教育プログラムを企画する際には、ぜひともご協力を頂きたいと感じました。


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