東日本大震災現地調査[3]─「気仙沼港」

翌4月16日、早朝に朝食を済ませて、一関経由で気仙沼港へと向かいました。気仙沼市の駅前までは、災害復興関係の車両や自衛隊の特殊車両などの往来が多く、緊張感は漂いましたが、震災の影響をダイレクトに感じるほどではありませんでした。ただ、気仙沼信用金庫の店先には、開店前から預金を引き出そうとされる皆さんが長い列を作っていました。

津波で倒壊した街並「東日本大震災現地調査」

気仙沼港付近


市役所を過ぎて、下り坂となり90度道がカーブした途端に光景が一変しました。津波で倒壊した悲惨な街並が目の前に現われました。一同、また言葉を失いました。ようやく「こりゃあ酷い」と唸るようなつぶやきがあり、周辺の安全を確認してクルマを駐車しました。

気仙沼の八百屋さん「東日本大震災現地調査」

がれきによる粉塵と漁港独特の香りが混じり合い、名状しがたい臭いが鼻をつきました。登山靴の紐を締め直し、マスクと軍手をとりだし、カメラを片手に元の姿を失った商店街をみて歩きました。通行止めになった区間では、大型の作業車が倒壊した家屋の撤去にあたっています。その無機質な機械音と壁や柱が倒れる悲鳴にも似た音だけが街なかに響きます。こうしたなかで救われたのが、七十七銀行気仙沼支店に隣接する八百屋さんが、お店の中は津波によりめちゃくちゃに壊されているものの、店先を利用して野菜や果物を売っている姿を拝見できたことです。警備の警察官の方が声をかけ、八百屋のご主人が元気に応え談笑する風景に、少しだけですが安堵しました。復興への確かな歩みが始まっていることに期待したいと思いました。

気仙沼港周辺の自動車「東日本大震災現地調査」

支柱だけ残された桟橋(左)


次に、気仙沼港へとクルマを移動させました。NHKで何度も見た港と駐車場の光景です。桟橋は流され、コンクリートの支柱だけが港に立っています。駐車場の途中やガードレールに引っかかったままのクルマ、陸に乗り上げた漁船の下敷きになっているクルマ、そしてしばらく港を奥へと進むと、超大型の船舶が陸上に打ちあげられ、船着き場では火災になり焼けただれた船が並んでいます。その光景に驚きを超えて寒気を感じました。まさに大津波の持つ驚異的なエネルギーの大きさを実感した瞬間です。
陸に打ちあげられ大型の船舶「東日本大震災現地調査」

陸に打ちあげられ大型の船舶


また、その脇には倒壊した「監視所」や、ねじ曲がった鉄筋入りの電柱などが散乱していました。打ちあげられた大型船は、少しずつ解体しなければ動かすことは不可能であると聞きました。呆然と大型船を眺めながら、ため息をつくしかない自分に、改めて自然に対する己の小ささを痛感しました。
気仙沼港周辺「東日本大震災現地調査」


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