暮れから年明けにかけて

雪の名古屋
一昨日、昨日と大学センター入試でした。私は初日の15日(土)が試験監督の担当でした。雪が降るとの観測から、前日は豊田市内のホテルに宿泊して万全な対応といたしました。
二日目の昨日16日(日)は、前夜からの雪で名古屋市内もうっすらと雪景色です。受験生はもとより、当日担当の教職員の皆さんは大変だと思います。
さて、暮れにこのブログに書ききれなかった話題や、年明け、ややプライベートな話題など、撮ってもらった写真が送られてきたこともあり、まとめて紹介します。
ITSP21忘年会
まず着任以来、取り組んでいる「豊田市交通まちづくり」のなかで、NPO法人ITSプラットフォーム21さんの人脈に関連する内容です。既に昨年のブログ記事で紹介しましたが、12月10日(金)の忘年会の集合写真(名鉄トヨタホテル)を頂戴しました。元トヨタ自動車や豊田市の幹部経験者の方や大学教員など多彩な顔ぶれであり、私が勤務したトヨタ自動車の研究所時代の社長・副社長の先輩にあたる方が複数いらっしゃいます。今年報告書を出す予定の「パーソナルモビリティを活用した豊田市中心市街地活性化提案」に関する話題で大いに盛り上がりました。
審査委員会
また、同じく豊田市のまちづくりに関連して12月22日(水)に本学で実施した、「豊田市まちづくり懸賞エッセイ2010」の審査委員会の写真を頂戴しましたので、紹介します。前列左から、NPO法人ITSプラットフォーム21専務理事の小嶋文毅さん(研究所時代の私の元上司で、このエッセイの審査副委員長です)、同NPO法人理事長の河野安宣さん、山崎丈夫教授(このエッセイの審査委員長です。また、豊田市行政経営懇話会の会長であり、大学ではコミュニティ政策原論、まちづくり論の担当です)、小職です。後列は、左から庄村勇人准教授(行政法)、谷口功准教授(非営利組織論)、村林聖子准教授(法哲学)と並びます。そして、写っていませんが、シャッターを押してくれているのが、矢部隆教授(生態学)です。秀逸な応募作品が数多く寄せられましたので、予定の審査時間を大幅に超過して審査を続けました。
1月25日に豊田市役所において、企画協力して頂いた、豊田市自然観察の森、豊田市矢作川研究所、NPO法人とよた省エネ共和国、豊田市環境学習施設eco‐T(エコット)、トヨタ自動車、豊田市環境モデル都市政策課、同交通政策課、同教育委員会の皆様にお集まりいただき、最終審査会を経て決定し、大学とNPOのホームページで発表する予定です。なお、表彰式は3月5日(土)13:00〜14:30の予定で、豊田市民文化会館大会議室(国際会議場)において開催します。詳しくはこのブログでも改めて紹介します。
渡邊技監忘年会
そして、12月23日(木)には、NPOの河野理事長、小嶋専務理事と3名で、豊田市内のレストランにて、トヨタ自動車渡邊浩之技監(ITSジャパン会長)をお迎えして忘年会をいたしました。「技監」とは、トヨタ自動車の技術最高責任者という要職であり、1989 年、トヨタクラウン担当のチーフ・エンジニアや第一次Lexus GS を世に送り出し、さらに燃料電池自動車の開発で博士号を取得されるなどトヨタ自動車を技術と品質、そして環境面で支えておられるトップです。また、2004年10月に名古屋で開催されたITS世界会議で、”トヨタ自動車は交通事故の死者をゼロにする「0−NIZE(ゼロナイズ)」”という目標を掲げられるなど、交通安全活動についても積極的に取り組んでおられます。ワイングラスを傾けながら、渡邊技監の誠に高いご見識ながら、ざっくばらんのお話に感激しました。そして年の瀬の思い出に残る楽しい時間を過ごさせていただきました(感謝)。

ここからは、プライベートに近い話になります。

石山寺
 ▲ 石山寺

12月28日(火)は、朝から名古屋を発ち、家族と共に滋賀県大津にあります瀬田の唐橋に行き昼食を済ませ、その足で石山寺と三井寺(みいでら)を参拝しました。石山寺は西国三十三所第十三番札所で、お寺のHPによれば、「紫式部はここに参籠して『源氏物語』の想を練り、また、清少納言、和泉式部、『蜻蛉日記』の藤原道綱の母、『更級日記』の菅原孝標の女なども石山寺のことを日記や随筆に記しています」また「源平の乱にあたって源頼朝の命を受けて戦った中原親能は、石山寺の毘沙門天に戦勝を祈願し、事の成就に感謝して勝南院を建立しました。このとき源頼朝は、乳母であり親能の妻でもあった亀谷禅尼の請によって、多宝塔(国宝)、東大門、鐘楼などを寄進しました」とあります。
初詣の準備を大勢の関係者が進めていましたが、参拝客は少なくゆっくりとお庭を散策した後で本堂(国宝)や多宝塔など諸堂を見て回りました。また、瀬田川を見下ろすロケーションも最高で、視線の先に琵琶湖を遠望することができました。お土産にシジミの佃煮を買い求めました。

三井寺
 ▲ 三井寺

石山寺に続いて西国第十四番札所である三井寺へ参拝しました。HPによれば「三井寺は天台寺門宗(てんだいじもんしゅう)の総本山であり、正式名称を長等山園城寺(ながらさんおんじょうじ)といいます」また「三井寺と呼ばれるようになったのは、天智・天武・持統天皇の三帝の誕生の際に御産湯に用いられたという霊泉があり「御井の寺」と呼ばれていたものを後に智証大師円珍が当時の厳義・三部潅頂の法儀に用いたことに由来します。現在、金堂西側にある「閼伽井屋」から湧き出ている清水が御井そのものとされています」と来歴が紹介されています。
まず、入口に立つ仁王門の威厳あるなかにもその美しい形の良さに感激しました。そして、金堂、鐘楼、唐院(大師堂 潅頂堂 三重塔)と巡りました。それから微妙寺に参拝してから観音堂に詣でました。広い境内でしたが、古の歴史の重みを感じさせてくれる見事な境内や諸堂、そしてお庭に、ただため息がでるといった按配でした。
夕方には、宿のある京都の聖護院に入り家族で夕食を頂きました。その夜、オムロンのシンクタンクであるヒューマンルネッサンス研究所研究員の田口智博さんと3年ぶりに再開しました。彼は、私の現代文化研究所(トヨタ自動車研究所)時代の部下です。現在は、オムロンの立石義雄会長(京都商工会議所会頭)の下で、京都の未来に向けた都市づくりの担当をされています。
久しぶりの再会に時を忘れ、彼は京都の未来像やまちづくりについて、私は豊田市での活動の紹介などを深夜まで語り明かしました。


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