トラムと自転車のまちをつくろうとスタートしたストラスブールは、2022年11月の訪問で、そのハードインフラ面での仕組みは、ほぼ完成形となり、次は、さらなる環境面に配慮した、SDGsが唱える、ひとりも取り残さない、誰もが享受できる持続可能な社会を目指して、急速に進むデジタル社会対応を視座に置きつつ、新たなチャレンジプランを実装するステージに入ったとの印象を持ちました。
その象徴が、戦後70年を契機に、ライン川を越えてドイツのケールまでトラムを延伸させました。これは、単にトラムの路線を延伸させるという事業に止まらず、フランスとドイツが長年にわたり、戦争を繰り返したてきた、過去の大戦の歴史に終止符を打つという、まさに平和の象徴としての位置づけで作られたというお話は有名です。これまでもバスや鉄道での往来はありましたが、トラムという日常性が持つ特徴を活かして、国境を意識しない移動の自由を両国民が確認しあうプロジェクトでした。当初、ドイツ側は人口3万人の都市ケールは市民との合意形成に腐心しましたが、ようやくケール駅までトラムが入りました。この効果は、例えばドイツはフランスより日常品の価格が安く、逆にストラスブールの中心市街地はショッピングを楽しみ、大学などの高等教育機関や文化・芸術施設が多いため、これまで以上にライン川という国境を意識せず、フランス側とドイツ側の行き来は益々盛んになるEU域内の人流の増加による経済波及効果に期待しているのです。さらにライン川沿いの公園整備などにより、休日や余暇を楽しむ人々の憩いの場の創出も進んでいます。
一方で、今回の訪問でご案内いただいた、ストラスブール大学に新たに完成した図書館では、第2次世界大戦化のドイツ軍が犯した暴挙を忘れることなく、後世に伝える取組みも始まっていました。推測の域を出ませんが、英国のEU離脱、中東からの移民問題、そしてロシアとウクライナとの戦争や陸続きのヨーロッパ大陸が経験した新型コロナ災禍へのEU諸国での対話と対応策の検討・実施と先行きが不透明な社会にあっても、しっかりと将来への燈明を灯して国や都市を守り育てようとする新たな潮流を確かに感じることができました。
同時に、ストラスブールでは、過去に栄えたライン川を利用した海運による産業が斜陽化して、現在は産業不毛地帯となっている約40万ヘクタールのエリアを活性化させる経済効果をねらった事業が、コロナ渦の影響は受けたようですが、産業遺産建造物を図書館にするなど、昔の建造物を再利用して効果的なまちづくりをめざす運動が継続されているようです。こうした公共交通を核とした政策は、具体には、トラムの開通に併せて、新駅周辺の周りにマンションを建築、同時に教会や保育施設などのインフラ整備と合わせて、新たなまりづくりを進めようとしています。
今回のフランス出張中に、岡山市の大森雅夫市長が記者会見を行い、岡山駅への路面電車乗り入れ工事の開始を発表しています。ストラスブールでは、住民の合意形成については、トラムを敷設する計画は20年の実績が市民に浸透しているため、反対よりはむしろ、自分たちのエリアへもトラムをつけて欲しいという願望の方が強いため、問題は少ないようです。また、これまでのノウハウの蓄積があるため、計画の策定、合意形成、議会承認、事業開始、事業の進捗まで、てきぱきと効率的に展開している点もソフト施策の重要性を認識するうえでも学ぶ点が多いと思います。
さて、現在、JR西日本などでは、JR在来線の見直しや廃止の議論が話題になっています。その際に鉄道を廃止して代替策として
BRT(バス・ラピッド・トランジット(Bus Rapid Transit))の導入が検討されているようです。日本においても三陸鉄道の再生はじめBRTについては実績を含めて注目が集まっています。参考までにストラスブールの2025年をターゲットにした交通マスタープランに基づき利用と都市計画が進むBRTについてみてみます。まず、そのベースはフランスの都市圏交通計画(PDU)に依拠しており、法律によって地域内の交通計画を策定、公共交通優先による個別交通の利用規制、排気ガス対策や森林保全をはじめとする環境保全、だれもが平等に移動する権利を保障する社会的弱者の足の確保、住宅開発や育児保育など土地利用計画と共に都市交通計画を考えなければならいと目標や基準が定められています。
ストラスブール市が敷設したBRT沿線には、従来から企業や研究所、工学系の短期大学、低所得層向け集合住宅、公園、託児施設などがありましたが、公共交通手段が脆弱で、移動の不便性が指摘されてきました。ところがトラムを設置する場合の目安は、1日当たり4万人の利用が目安となっているため、そこまでの需要が見込めませんでした。ところがBRTの場合は1日当たり9000人の利用を目標として運用が可能のため、BRTの敷設を実施したのです。(コロナ渦の前は1日当たり10000人が利用)。ただし、建設費用を抑え軌道をコンクリート化したため軌道緑化ができず、景観面で無機質な印象が否めませんでした。そのため沿道の照明塔のデザインに、駅のネーミングをEU議会のある都市にちなんで、加盟国の名前を付けるなどして工夫をしました。当然のことながら終着駅にはパークアンドライドの駐車スペースを確保し、さらに高速道路のインターチェンジのそばという結節点にも配慮がされています。
貸出自転車については、ストラスブールでは、個人貸出のスタイルをとっています。その理由は、ストラスブールは学生の街であるため、新たに入学してきた学生たちに、まず、自転車を利用してもらうことが重要であると考えています。貸出期間が長いほどレンタル料金を高く設定しており、短期だと50ユーロだが、長期になると100ユーロといった仕組みです。100ユーロあると自転車が買えるため、利用者は返却して自分の自転車を買います。そこで返却された自転車を新入生に貸出供与する仕組みになっています。ストラスブールでは、自転車道の総距離は600キロメートルとフランスでも長い都市です。自転車道を専門に見回る警察官も配置され、病院で肥満の診断を受けた人には自転車利用を進める処方箋が出され、それを持参した人には無料で自転車が貸し出されるシステムになっています。
最後に環境対策についてです。それは高速道路の建設です。ストラスブールを一日にコロナ災禍前には16万台の車両が通過していました。この車両から排出される排気ガスが大気汚染の要因となっているため、市内を通過する車両を減らすために、ストラスブール市を迂回するコースをとる高速道路を建設、環境対策はかなり向上します。
また、こうした都市交通計画の策定や推進には警察対策は必要ありません。フランスは中央集権国家システムをとるため、知事は国が任命します。同時に地方分権法も導入したこともあり、この知事と議会の決定により、すべての計画は実行されます。今後の公共交通は、LRTについては現状維持しながら、BRTと連節バスに分類されるクロノバス(フランス語ではクロノCHRONOはストップウオッチの略称、通常「速い」という意味で形容詞的に使われる)の利用促進を核に都市交通計画を進めています。