2月15日~22日の間、2年ぶりにフランスのストラスブールへ視察調査に参りました。教育学部の高岡敦史先生、小職と同じ地域総合研究センター所属の岩淵泰先生、企画広報課の石田達彦総括主査の4人旅です。フランクフルトからバスでストラスブールへ入りました。ストラスブールでは、日仏異文化研修講師のバンソン・藤井・由実 先生にコーディネート兼通訳をお願いいたしました。
初日は、ストラスブール政治経済学院をおたずねして、シルマン学院長に再会できました。温かくお迎え頂き、一同、感激でした。翌日からは、ストラスブール大都市共同体(CUS)のヘルマン議長への表敬訪問をはじめ、地域におけるスポーツ振興をテーマにしたヒアリングでは、メノー・スタジアムを訪れ、スポーツ局・スポーツライフ課長はじめ関係者の皆さんから詳しい運営の手法についてお聞かせいただきました。さらにストラスブール大都市共同体(CUS)がめざす大学改革について経済発展局高等教育課長やスタッフから、そして市民参加のテーマでは、都市活性化局・青年会議課長と近接民主主義局の担当者から具体的な取組について興味深いお話をお聞きできました。
小職の専門である交通政策では、Jansem交通局長から最近のコミュニティサイクルと自転車道の整備、 LRTやBRT延伸の状況など、とても高度で市民や大学生を意識した理にかなった政策の数々をお聞かせいただくことができました。そのヒアリングの要諦は次のとおりです。
《Jansem交通局長のお話》
「20年前には、精緻な論拠があるわけではなく、直感的にトラムと自転車のまちをつくろうと、まちづくりプロジェクトがスタートした。それが2017年にライン川を越えてドイツのケールまでLRTを延伸させるところまで前進させることができた。これは、単にトラムの路線を延伸させるという事業にとどまらず、フランスとドイツが長年にわたり、戦争を繰り返したてきた歴史に終止符を打つという、まさに平和の象徴として位置づけている。これまでもバスや鉄道での往来はあるが、トラムという日常性が持つ特徴を活かして、国境を意識しない移動の自由を両国民が確認・享受しあうプロジェクトである。
また、ストラスブールとしては、過去に栄えたライン川を利用した海運による産業が斜陽となり、現在は産業不毛地帯となっている約40万ヘクタールのエリアを活性化させる経済効果をねらっている。そこでは、産業遺産建造物を図書館にするなど、昔の建造物を再利用して効果的なまちづくりをめざしている。また、ストラスブール側の敷設ルートは民家が無い場所を選定しているため用地買収などによる住民とのトラブルはほとんどない。逆に、トラムの開通に併せて、新駅周辺を中心にマンションの建設ラッシュとなっており、教会や保育施設などのインフラ整備と合わせて、新たなまちづくりが進んでいる。加えて、住民の合意形成については、トラムを敷設する計画は20年の実績が市民に浸透しているため、反対よりはむしろ、自分たちのエリアへもトラムをつけて欲しいという願望の方が強いため、スムースに運んでいる。また、これまでのノウハウの蓄積があるため、計画の策定、合意形成、議会承認、事業開始、事業の進捗まで、てきぱきと効率的に展開している。一方で、ドイツ側は人口3万人の都市ケールの中心地へLRTを初めて引き込む計画であり、市民との合意形成に腐心している。とはいえ、まずはケール駅まで、次にケール市役所広場まで延伸させてゆく予定である。ドイツはフランスより日常品の価格が安い店が多い。逆にストラスブールの中心市街地はゆっくりとウインドショッピングを楽しめ、大学などの高等教育機関や文化・芸術施設が多いため、これまで以上にライン川という国境を意識せず、フランス側とドイツ側の行き来は盛んになると期待している。また、ライン川沿いの公園整備などにより、休日や余暇を楽しむ人々の憩いの場の創出も進む。この路線の総距離は5キロメートルで、建設費用は13000万ユーロを計上している。これにより、現在、1年間に4000万パーソントリップの移動を12000万パーソントリップにまで増やしたい。
次に、BRTについては、2025年をターゲットにした交通マスタープラン(SDT)に基づき利用と都市計画が進んでいる。もちろん、そのベースはPDUの基準に従っている。この沿線には、企業や研究所、工学系の短期大学、低所得層向け集合住宅、公園、託児施設などが立地するものの、その移動の不便性が指摘されてきた。ただし、LRT路線設置の場合は、1日当たり4万人の利用が目安となっているが、BRTの場合は1日当たり9000人の利用を目標としている。現在、当初の目標を超えて1日当たり10000人が利用しており順調である。今回は建設費用を抑えるために、軌道をコンクリート化したため軌道の緑化ができず、景観面で無機質な印象がある。そのために沿道の照明塔をいろいろなデザインにし、また、駅のネーミングをEU議会のある都市にちなんで、加盟国の名前を付けるなどの工夫をしているとことである。当然のことながら終着駅にはパークアンドライドの駐車スペースを確保し、さらに高速道路のインターチェンジのそばという結節点にも配慮した。ただ、住民はBRTよりもLRTに慣れ親しんでいるため、LRTを希望する気持ちが強いことは否めない。
なお、これまでのLRTの総距離は45キロメートル、車両を含む建設費用に16億ユーロ、沿道整備に7億ユーロとなっている。さらに沿道の都市計画については、交通局を超えた協議がなされている。交通局としては、路線の敷設効果をあげるために、関係する部局や関係機関との調整に力を注いでいる。この部局間の相互理解には苦労している。
自転車については、現在、6500台を貸し出している。ストラスブールでは、個人貸出のスタイルをとっているが、その理由は、ストラスブールは学生の街であるため、新たに入学してきた学生たちに、まず、自転車を利用してもらうことが重要であると考えている。そのため、これ以上自転車を増やす計画は無い。また、貸出期間が長いほどレンタル料金を高く設定している。つまり、短期だと50ユーロだが、長期になると100ユーロといった塩梅だ。100ユーロあると自転車を買えるため、利用者は返却して自分の自転車を買うという行動に出る。そこで返却された自転車を新入生に貸出供与することになる。ただし、この自転車は貸出用に丈夫につくられているため1台350ユーロする。現在、自転車道の総距離は600キロメートルとフランス1である。自転車道を専門に見回る警察官も配置されている。また、病院で肥満の診断を受けた人には自転車利用を進める処方箋が出され、それを持参した人には無料で自転車が貸し出されるシステムになっている。
パーソナルモビリティについては、まず、バスは100キロ走行するために50リットルの燃料を必要とするため、満員ならば効率的であるが、乗車率が悪いと燃料の無駄になる。そこで、カップリングという乗用車1台に3~4人が乗車する運動を推進中である。たとえば、何月何日にストラスブールからパリへ自動車で行く人があれば、その情報をネット上で公開してスマートフォンを利用して同乗者を募る。次がカーシェアリングである。車の所有のあり方を見直し、1時間、24時間(1日)といった時間単位での利用を進めるシステムを定着化させようとしている。その次が、トランスロール社が開発する通称「連結ミノムシ」と呼ばれるスマホ予約に対応した4人乗りEV「クリスタル」の導入である(自動車同士を連結させて運行する新たなモビリティ)。これは公共交通の停留所から自宅や病院までのラスト1マイルを結ぶモビリティとして、4年後の導入を目指している。距離と利用の関係は、パーソナルモビリティが自宅から1~3キロエリア、クリスタルが1キロ未満であり、中心市街地はゾーン30があるため低速での利用を中心に車道(公道)を走行させたい。そのための道路空間の再配分や自転車道との共用は考えていない。次回のITS世界会議に出すべく、トランスロール社と準備を進めている。トランスロール社とCUSの関係はパートナーであり、ファシリテーターである。今のところ出資などはしていない。
最後に環境対策としては、高速道路の建設である。ストラスブール市を1日16万台の車両が通過する。この車両から排出される排気ガスが大気汚染の要因となっている。それを回避するためにストラスブール市を迂回するコースをとる高速道路を建設する。これにより市内の環境対策はかなり向上すると考えている。
また、日本と異なり、こうした様々な都市交通計画の策定や推進に関しては、警察との協議は、ほとんど必要ない。フランスは中央集権国家システムをとるため、知事は国が任命する。この知事と議会の決定により、すべての計画は実行される。日本は自治体と警察の協議がスムースにいかないケースがあるならば可哀想である。また、タクシー事業者も反対することはない。その理由は利用者層の違いである。タクシー利用者はいくらLRTやBRT路線を増やしても、タクシーを利用する。そのことをタクシー事業者はよく理解している。今後は、新たなLRTの延伸計画については一段落させ、BRTとクロノバスの利用促進を核に都市交通計画を進める予定だ。
ただし、われわれはLRTをはじめとする公共交通システムの信奉者ではない。車社会は大前提であり、公共交通と個別交通の調和により、人々が自由に移動することが保障され、社会全体が持続的に発展することを願っているだけである。」
こうしてストラスブールでのヒアリングの全日程を済ませて、大学の歴史あるキャンパスや世界遺産の街並み、郊外の大型ショッピングモールを見学して回り、また、岡山大学からストラスブール大学に留学している学生を誘って夕食と夜景を楽しみました。
ストラスブールを後にして、TGVで一路パリへ向かいました。車中は大きなスーツケースや旅行バッグを持った客で混雑していました。農業先進国であるフランスらしく車窓からの眺めは広大な畑がどこまでも続きました。調査が一段落した安堵感と時差ぼけから、うたた寝しているうちにパリへ到着しました。パリ駅からホテルまでタクシーを使いましたが、一転しての交通混雑・渋滞に驚きました。パリで唯一の訪問先である、パリ政治学院では、フランス全体の大学改革の実態についてヒアリングを実施いたしました。これらの報告については改めて作成中です。
とても充実した訪問となりました。下記からストラスブールで撮影した写真がご覧いただけます。