日経地域再生フォーラム「地域活性化のための大学と自治体の連携」に参加

日経セミナー
12月26日、日経カンファレンスルームで開催された「大学と自治体の連携」について考えるセミナーに参加しました。その要旨を紹介します(口述筆記ですので誤りがある可能性があります)。

【講 演】「地域再生の核になる大学づくり」
• 坂東久美子 文部科学省高等教育局長

「大学の資産は、人(教職員、学生、留学生、外人教員、同窓生)、モノ(キャンパス、諸施設、設備)、そして教育研究活動とその成果、文化的知的土壌、社会的信頼などである。これからの時代は、大学は地域との連携を強化し、大学と自治体双方の資源を活かして地域の課題を解決、産業振興、地域を担う人材育成を行う時代である。すなわち、『大学は地域の宝であり、地域は大学の宝であるべきである』。地域における知的財産として大学が如何に役割を発揮すべきか熟考いただきたい。
また、大学の宝は教員の専門性だけではない。学生の果たすべき役割に大きな期待がされる時代である。地域の育成、子供たちの育成のために如何に学生が地域社会で活躍できる場を提供できるか考えねばならない。さらに、グローバルな素養を有する地域人の育成も必須である。地域社会で日常的に仕事をする中でもグローバルな視野での物の見方は必要である。自らのアイデンティを持ちながらも、多文化と共生できる「分厚い層を持つ教育体系」が必要であると考える。加えて、大学を卒業した人たちへの再教育機会の提供が日本の大学には欠けている。単なる教養や専門教育ではなく、地域社会や産業(農業を含む)と連動した実践的な教育プログラムの開発・提供が求められている。そこでは社会人に対していつでも学べる機会を提供する仕組みづくりが大切である。また、図書館を地域開放している大学も増えてきている。こうした取り組みは大学の地域への知的還元である。
次に大切な点は、大学が地域社会におけるネットワークの核になることである。大学は自由で多様性を持つプレイヤーである。地域の課題に対して、往々にして役所は固くなる傾向がある。また、民間では利害関係が生じ、繋ぎにくい。こうした点で大学の果たすべき役割は大きいと考える。また、大学にとって地域を研究・教育の重要なフィールドであると位置づけたい。地域が魅力的であるためには、大学も魅力的でなければならない。こうした地域連携、地域協働の実践がこれからの大学運営に求められる姿である。各大学と地域社会の持つ特性や事情に合わせて、学生たちが自信を持って社会に羽ばたける重層的な教育プログラムの提供をお願いしたい。
最後に、生涯教育として高齢者を念頭においた人材の核も作り出していただくことを望んでいる。そこは従来型の趣味と教養の場ではなく、自立と共生を促すプログラムとして社会人向け修士課程や博士課程を見直していただきたい。大学がその中核を担う拠点として重要な役割を果たし、社会活動への参画を支援するアクティブシニアを育成できる場となるよう考えていただきたい。

【トークセッション1】「地域から世界へ産官学それぞれの社会的責任」
• 阿部守一 長野県知事

長野県の置かれている実情。長野経済は輸出依存度が高く、円高に悩んでいる。また企業は世界との関係性が強く、国際競争力をつけなければ県の力は衰退する。地域を支えるグローバル人材の確保が急務である。また信濃教育と言われ、教育県と言われてきたが、その伝統と実態は薄れてきている。また、中山間地域への対策も待ったなしであり、若者の東京(首都圏)への流出を食い止めるためにも地域の高等教育機関が魅力的でなければならない。現在の地方分権は名ばかりで、今日も安倍内閣が発足したことを受けて、補正予算の陳情に関係の国会議員先生の事務所廻りに明け暮れているのが実態である(足が棒になった)。
中央(一つ)の画一的な視点で地域を論ずることはもはや不可能な時代になっている。権限や予算を地方分権により国から委譲できれば幸福度が上がることは明らかであろう。これを地域の成長や大学について言うと、真の意味の分権とは「知の分権」を指すと考える。大学は大都市に集中しすぎている。世界の情報を地域が必要とする時代にあって、大学が東京をはじめとする大都市に集中し、さらにその意思決定を中央集権で行っている以上、真の地方分権は成し得まい。世界の情報をキャッチして、イノベーションを起こす力、そして課題を解決する能力を持つ大学(学生)を地域社会は希求している。

• 山浦愛幸 長野県経営者協会会長・八十二銀行頭取

長野県は古くは生糸の生産の3分の1を誇っていた。片倉工業(明治6年創業)に代表される明治維新からのシルク産業には定評がある。また、戦時中に疎開した企業を戦後、長の地に留めるために県が中心となり精密試験場を開設するなどして、現在の精密機器製造業を発展させた。プラザ合意(1985年)以降、自由かと規制緩和の潮流とアジアの復興など組み立て型の企業は海外に出ていってしまう流れを止めることはできにくい。また、こうした組み立て型の企業の本社は東京である。技術力として地域を担う企業のほとんどは地元の中小企業である。
産業構造の転換として研究型企業、多品種少量がキーワードとなる時代である。こうした産業を支える人材や技術者が欲しい。長野県の有効求人倍率は0.8である。ただし、技術を持つワーカーは不足しており、需要を満たしていない。つまりミスマッチが起こっている。企業が求める人材は、[1]行儀見習いを含む一般教養を有するもの、[2]人とコミュニケーションがはかれること(チームワークも含む)、[3]専門的な知識を有すること、に収斂されよう。またグローバルな視点を持てる高等教育を身につけた人材である。

•山沢清人 信州大学長

大学としては具体的に何をやるかである。
大学の研究技術は高いレベルにある。とするならば、地域からの要請に応えるためには「技術者養成大学院」を創ることになる。研究・教育のあり方を再考すべき時代になっている。大学の研究者は世界のレベルを知っている。その点で地域企業は幅が狭い。地域の要求にきちんと対応する必要に迫れば迫るほど世界を意識しなければならず、そのためのグローバル人材の育成が重要となるとの認識だ。
また、高齢化対応では、メディカル産業の集積を目指している。大学のシーズ、産業界のシーズ、そしてニーズは病院といった整理だ。医療・介護をテーマとして裾野が地域経済に広がるように小さな企業にも参画を求め、力強い地域の産業連関の絆を広げてゆく努力を展開したい。そのまとめ役は県にお願いしたい。

【トークセッション2】「大学のシンクタンク機能を通じた地域再生」
• 田辺信宏 静岡市長

テーマは、富国有徳の理想郷”ふじのくにづくり”~ポスト東京時代 地域づくりの新モデル~である。「徳ある豊かで自立した地域づくり」を目指している。
現在、静岡市は人口72万人だが、3年後には70万人をきる。そして厚生労働省の人口問題研究所の推計によれば平成44年には60万人をきると予測されている。予算は4,800億円、静岡県中部に位置し、周辺約150万人の商圏を有している。合併前の旧静岡市は城下町、旧清水市は港町の顔を持つ。静岡駅前の商店街には活気があるものの、他県人の評価としては「通ったことはあるが下車した経験が無いまち」と言われている。
大学への願いは、「トップエリートは別として地域で頑張りたいと思う人材を地域の大学で養成して欲しい」である。静岡中部エリアには静岡大学、静岡県立大学をはじめ7つの大学がある。駅前にキャンパスを持ってくる計画が進行中。まちなかに賑わいを創出するためには大学生がまちにいる風景を作り出すことに注力したい。
(中略)地域の役に立ちたいと考えている学生も就活本番を迎えると、どうしても大企業のブランドに迷わされてくる。そもそも中小企業という名称に誤りがある。全国企業と地域企業が正しい。また地方都市という名称にも不満がある。東京は首都でいいだろう。それ以外の都市は地方でなくて地域である。ベルリンは首都だがフランクフルトやハイデルベルグの住民は自分たちを地方だと思っていない。こうした発想から静岡市は大学とともに変えてゆきたい。われわれが実現できなければ、どこの都市もできないと思っていただいて結構だ。そのためにも大学には地域を支えるためのシンクタンク機能の強化をお願いしている。

• 大坪 檀 新静岡学園理事長・静岡産業大学総合研究所所長

まず、静岡県立大学時代に、大学は誰に為にあるのか、大学は何のためにあるのか、その議論から始めた。県が作った大学なのに県民のために役立たなくて済むのがおかしい?と素朴に思った。
また、現在の静岡産業大学は学生数2200名、大学の意思ははっきりしていて、私たちは教職員全員が「県民大学」を名乗っている。私たちの大学は「静岡の産業社会の為にある」との明確な理念を掲げて、それを実践している。(中略)すべての活動は地域のためになる、そして学生を主役に大学も自治体も産業界もウィン、ウィン、ウィンの関係になることを前提として大学運営を行っている。

• 戸上常司 ヤマハ発動機 元会長(現顧問)

20世紀型の「選択と集中」という効率主義に根ざした時代は終焉を迎えた。つまり、効率ばかりを重視したアメリカ型の社会モデルは日本では通用しない(立ち行かない)ことに気づくべきである。「発散と多様性」こうしたビジネスモデルが必要な時代であると認識している。それを前提に大学と実業界の連携や人材育成を考えたい。その際に自由な発想と自立が基本となるが、人や企業が経済的に自立するには自らに責任を持たねばならない。欧米流でない人や企業になるためにはアイスブレーカー(厚い氷を割れるヒト)になるだけの素養を磨かねばならない。ヤマハグループの売上の90%は海外である。海外でも通用する地域の企業であり、人材でなければならない。
大学も自治体も社会のシーズやニーズを見直す時が来ている。国内産業の空洞化とグローバル化が進む中で、将来シーズが光るか、輝くか、そのために自らがそのシーズを磨けるか、こうした価値を創出できるような人材を育成しなければならない。そのための方策は「対話(井戸端会議)」である。裃を着た会議体の席では、自らの困り事を他人には話さない。次世代の対話は、弁当と缶ビール持参でざっくばらん、かつ自由な議論でなければならない。本音の議論からしか次の課題解決の糸口は見いだせないと考える。そこに、井戸端会議の大家さん役として大学教員や企業人が顔を出す、そんなイメージだ。主催責任者や参加者の顔ばかりを立てるために開かれる産官学連携会議は、もうたくさんである。
企業や組織づくりの基本は環境整備である。その環境とはハードではない、人間環境が最も大切である。人はリーダーの背中を見て育つ。大学も同じであろう。教員の背中を見て学生は育つ。また、企業、自治体、大学、それぞれ形態は異なっても、組織である。新しいイノベーションを起こすためには、モチベーションの維持が必要なことは自明の理である。そのモチベーションの維持は、リーダーの明確なビジョンと強いパッション、これに尽きる。スタッフは、しんどくてもリーダーの明確なビジョンと強いパッションがあれば、ついて行けるしモチベーションを維持できる。こうしたリーダーを持たない組織には、イノベーションは生まれない。
 以上です。多くのヒントをいただきました。
今年のブログはこれにて終了です。
 ご笑読いただきました皆様、ありがとうございました。
 どうぞよいお年をお迎えくださいませ。


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