宮崎県「日南市油津商店街」視察調査報告

きっかけと日南市入り

現在、岡山市では11月末のイオンモール岡山の開業により増加が期待されるショッピングやアミューズメントで岡山市内へ来訪する人たちを商店街へも呼び込むために、何をなすべきか検討が進んでいます。こうしたなかで、5月19日、地元TV局のひとつであるRSK山陽放送が企画・放送した政令市として5年を経た岡山市を考える「地域スペシャル」番組に出演した際にお会いした、宮崎県日南市で商店街の再生に取り組んでおられる木藤亮太(きとうりょうた)さんを、現地へ訪問して、詳しい活動状況についてヒアリングさせていただきました。

宮崎県日南市についての概要を市のHPから紹介しますと「日南市は、宮崎県の南部に位置し、東に日向灘を臨み、西は都城市・三股町、南は串間市、北は宮崎市に隣接しています。宮崎市から日南市を経て鹿児島県に至る延長112kmは全国有数のリアス式海岸で、日南海岸国定公園の指定を受けています。面積総面積536.12平方キロメートル、面積の約78パーセントが山林等です。人口54,929人(平成26年4月1日現在)、気象平均気温は18.7度、年間を通じ温暖な気候です。平均降水量 2573.5ミリで、本市の気象は、太陽と海、みどりの山々に象徴されるように温暖多照の気候条件です。平野部では一年の日照時間が平均2,200時間以上と多く、南海型気候区に属する高知県・紀伊半島南部などとともに日本で最も日照に恵まれた地域の一つであり、温暖な地帯に属しています。特に冬季の日照時間は大変長く、冬型気圧配置で山沿いが曇っていても平野部は晴れている場合が多くなります。一方で鰐塚山系を含む本市は、多雨地域で、四国の太平洋岸、紀伊半島の東部とともに日本の最多雨地帯となっています。」とあり、わが国を代表する南国の都市であると言えます。

岡山市から日南市へのアクセスですが、早朝、新幹線で岡山駅から博多駅まで向かい、福岡空港から空路で宮崎空港へ向かいました。そして宮崎空港駅からJR九州の日南線で日南市「油津駅」をめざす予定でした。お目当ては「海幸山幸号」という地元特産の飫肥杉(おびすぎ)を車両の中はもとより、外装に張り込んだ列車に乗車したかったのです。
特級海幸山幸号
 ▲ 今回は乗車できませんでしたが、こちらが特級「海幸山幸号」

ところが、最多雨地帯ならでは、大雨による落雷で、日南線は不通になっており、約束の時間に油津駅へ着くにはレンタカーしかないかと思い、空港の案内カウンターへ行ったところ、路線バスがあるとのアドバイスをもらい、バスで油津を目指しました。住宅地や海岸線を通るため時間はかかりましたが、車窓からの景色に、「日南海岸国定公園」を堪能することができました。

日南海岸
 ▲ 日南海岸

バスでようやく日南市へ入り、JR油津駅で下車したい旨を運転手さんに告げました。市内へ入ってから驚いたのは、谷口病院、愛泉会日南病院と大きな病院が並んでいることです。油津駅のそばにも宮崎県立日南病院があり、医療面では便利なまちであるとの印象です。油津駅のバス停で下車し、まずは、帰りの汽車が心配なので、油津駅駅舎へ向かいました。

JR油津駅
 ▲ JR油津駅

JRの駅なのに入口に「日南市観光協会」の大きな看板が掲げられています。駅員さんに聞くと、効率化の影響で一時無人駅になった油津駅ですが、日南市観光協会が、協会の事務所をここへ移転させて、簡易委託駅として運営しているとのことです。駅はまさに「地元の顔であり情報拠点」です。初めて訪問して不安な気持ちがあるなかで、明るく対応してくださった駅員さん(観光協会職員)に安心感を覚えました。

木藤さんと地域の取り組み

油津駅から木藤亮太さんに到着を伝え、さっそく待ち合わせ場所の「アブラツコーヒー」へ向かいました。ここは、山陽放送でも紹介されました、商店街再生の第一弾として古くから市民に親しまれてきた名店「麦藁帽子」をリニューアルオープンさせた新名所です。店内は、昔ながらの赤を基調とした内装で、純喫茶の面影を残すボックス席が目につきました。

アブラツコーヒー
 ▲ 入口にて木藤さん(左)と記念撮影

一方で、入口はオープンカフェの雰囲気で、ドアがなく商店街と店内が繋がって、訪れる人に解放感を与える仕様になっています。とりわけ、入口は地元特産の飫肥杉を使って、たいへんにモダンな感じに仕上がっています。自然と店内へ吸い寄せられる雰囲気です。店内は大勢のお客さんで賑わっていて、また、どの席にもコンセントがあり、パソコンやスマホが使いやすい環境が整っています。

アブラツコーヒーにて
 ▲ アブラツコーヒーの天井は飫肥杉、そして木藤さんのカバンも飫肥杉でした

メニューも地域を意識した新たなオリジナリティを醸し出すことに知恵が絞られています。木藤さんにお勧めいただき、メニューの中から、特製「チョウザメカレー」を注文しました。チョウザメのフライがカレーの上に乗っていて、もちろん初めての体験です。岡山県でも新見市がチョウザメ(キャビア)の特産地ですが、ここ日南市でも宮崎県の指導により有力な産業に成長させてゆく計画が進んでいるようです。

おび天
 ▲ 飫肥天(おびてん)

とりわけ、地元伝統の「飫肥天」の名で親しまれている飫肥の天ぷらは、鹿児島県のさつま揚げに似ていますが、近海魚のすり身に、豆腐や黒砂糖、味噌をまぜ合わせて作る独特の甘い風味が特徴だそうです。こうした伝統の特産品を、チョウザメ養殖という新しい切り口へいかに進化させて、産業振興を図るべきか考えてゆく取り組みを進めていることを学びました。岡山では「鰆(さわら)」が名物として、しばしば紹介されますが、刺身、たたき以外に食べ方が工夫されているか、また、商店街の来客に対して今ひとつ連動した取り組みにはなっていない気がします。

アブラツコーヒーにて
 ▲ チョウザメカレー(左)。店内にはソファーのボックス席もありました

さて、油津の商店街は、駅から来ますと、ここ「アブラツコーヒー」をスタートにして、アーケードが始まり、途中でL字に左折して日南山形屋百貨店と宮崎銀行油津支店まで続く、ぶらぶら歩いて10分足らずの比較的に短い商店街です。

油津商店街
 ▲ 油津の商店街

シャッターが降りている店舗が目に付きますし、さらには店舗を取り壊して空き地になっているエリアが多くあります。この再生を請け負ったのが福岡市でまちづくりコンサルタントをしていた木藤亮太さんです。

谷口義幸前市長の時代に「市長よりも高い給料月額90万円を出す、油津へ移り住むこと、そして4年間で20店舗のシャッターを開ける」ことを条件に公募がされ選ばれたのが彼で、主として商店街の再生と地元活性化プランの策定から実行を担っています。それが、「できない理由ではなくできる方法を考える」をモットーに掲げる現市長(﨑田恭平(さきたきょうへい)県内最年少)に受け継がれ、もうひとり「マーケティング専門官」として油津の魅力を外部へ発信し、また外部から観光客などを呼び込む担当をする、宮崎県高千穂町出身の田鹿倫基(たじかもとき)さんを採用しました。彼は、飫肥藩が飫肥杉の運搬を効率的に行うためにくられた運河で「男はつらいよ」のロケ地にもなった広渡川河口から油津港を結ぶ「堀川運河」や港の「赤レンガ倉庫」などを活用した観光プランの策定を担当されています。つまり、木藤、田鹿という二人のプロが「相棒」としてコンビを組んで、八面六臂(はちめんろっぴ)ならぬ、十六面十二臂の大活躍をしています。こうしたプロの方に入っていただくことが、岡山市の商店街活性化のためにも必要である気がします。
例えば、木藤さんは、「アブラツコーヒー」オープンの際に力を貸してくれた、村岡浩司さん(宮崎市内でレタス巻きの発祥「一平」寿司を経営する傍ら、タリーズコーヒとの連携を深めて、宮崎県内を中心にアクティブな活動を展開する経営者)などの協力を得て、株式会社油津応援団を設立しています。

株式会社油津応援団HPによれば、「メンバーが「当事者」となって、「サポーター」となって、「専門アドバイザー」となって地域と並走する応援団で(中略)日南市油津を拠点に、まちが直面する多くの課題に対して、トータルな観点から提案・実践を重ね続け、地域固有の課題やテーマに深く切り込み、科学的方法と直感力(感性)を柔軟に使いこなしながら、構想・調査・企画・設計そして運営実践までを一貫して行い「時間、空間、思い出、感動」を生む実働力を持ったチームを目指し」、そのコンセプトと基本的な経営方針は「より地域に密着して/より継続的に一貫性をもって/より専門的に、多様な専門分野とのネットワークを生かして、様々な主体と連係、協働しながら、Planning, Design, Manegement,という最も総合的で実践的な活動を業務の中心におき、関連する幅広い技術領域に対して、研究・提案・協議型で取り組んでいくユニークなチーム」だと紹介しています。こうしたフレキシブルな発想や大胆な行動力に期待が寄せられています。
そこで、木藤さんに具体的な活動についてヒアリングをした結果を紹介します。まず、着任してされたことが、実際の商店街の姿を調査して課題を抽出しました。統計上は空き店舗率は26%と言われていましたが、それは店舗をたたんで空き地になっているためで、全盛期に80店舗あった商店街が、いまでは30店舗まで減少していることがわかったそうです。また、売上や家賃などの実態をしるために、まずは毎晩、地権者や実力者の皆さんと、盃を傾けながら、信頼を獲得することに努められたそうです。全国同じことかもしれませんが、「よそ者」が地元の信頼を得るためには、裸のつきあいが必須であると木藤さんは語ります。

シナリオある実践展開

地域の皆さんと信頼関係が築けたことを確認して、商店街に核をつくることにして「カフェスペースYotten」(Yottenとは「寄って行きませんか」の意)と「アブラツコーヒー」を企画・出店しています。その理由は、まず「カフェスペースYotten」ですが、広く市民はもとより、買い物ついでに子供連れでも気楽に集える「たまり場」を作ることです。ここも地元の飫肥杉をふんだんに活かして、店舗からテーブルが商店街の通路に伸びて、商店街の通りでおしゃべりができる仕込み型テーブルになっています。

カフェスペースYotten

カフェスペースYotten
 ▲ 「カフェスペースYotten」。左下の写真は店外へ伸びる机と椅子

もちろん、店内ではコーヒーサービスがあり、市民が作成した様々な作品の展示、女性のアイデアをまちづくりや子育てと連携した商店街活動に活かす「油津オクサマ会議」、新たな商業モデルやテナントミクスを考える「油津中心市街地商業活性化懇談会」、そして商店街や山形屋百貨店の店長などが参加して実施される「油津商店街朝ミーティング」などの寄り合いの会場として利用されています。

次に「アブラツコーヒー」です。元「麦藁帽子」の店名で愛されたこの喫茶店には、古くからの市民の懐かしい思い出がつまっていて、商店街の魅力といえる、市民にとって「心の時間を消費する大切な場所」を再生することから始めたいと考えたためです。「思い出を語る会」も好評で、当時のマスターの人柄、初デートの思い出、人気メニューのパンケーキやかき氷「白クマ」の味わいなど、話は尽きないそうです。出店には約1000万円がかかっていますが、その資金は大口の出資や市民から広く集めた資金で実現されています。そこでの出店準備活動が始まると若手の皆さんも声をかけてくれるようになり、「油津商店街応援団KITOTICKET(木藤さんの切符・入場券)」はじめ、新旧の文化や想いが入り混じった、自主的なまちづくり集団が組成されてきたそうです。

そこでは、商店街の通りを利用した洋装店活性化に向けて仕掛けたクリスマス・ファッションショー(モデルは地域市民のみなさん)とディスコ大会(レッドカーペットとミラーボールで演出)。さらにのど自慢大会、ライブやDJ(ディスク・ジョッキー)、ボーリング大会(特設レーンは50メートル)など、地域の皆さんから出された企画を具現化するという仕組みを大切にして商店街に元気を取り戻しています。

油津アーケード農園
また、とても面白い取り組みであると感じたのが「油津アーケード農園」です。空き地になってしまった商店街のスペースを活用して農園をオープンしています。そこでは、市の農政課の指導を得て、ダイコン、ジャガイモ、ニンジンなどを栽培し、小学生に世話や収穫をしてもらいます。理科の授業に活かしながら、収穫祭には採れた野菜でスムージーを販売するスタンドやサンドイッチショップが出店され、親子で体験型学習を楽しみながら、商店街との連動を実現するねらいです。HPによれば「まずは葉っぱを使ったスムージーをゴクゴク、そしてアツアツのお昼ごはん。栄養満点、お腹いっぱい。みんな一生懸命頑張ったので、大満足の収穫祭。」とあり、ちょっとした地産地消と6次産業化の大切さを知ってもらいながら商店街の良さを体験してもらう企画です。

木藤さんと油津商店街からの学び

商店街再生のためには、まず、実態を正しく知ることと、利用者である市民や商店街の地権者の方の考えに、まずは真摯に耳を傾けることが重要です。こうした実態を把握して地域の皆さんとの信頼関係を築き、次に課題が抽出できたらコンセプトメイクに入るわけです。ここで大切な点があります。単にシャッターを開けるために、家賃補助をはじめ補助金付きで店主を公募しても、そこでは補助金目当てで手を上げる人はいるでしょうが、それではビジネスとして長続きしないケースがほとんどであるということです。

月間サポマネ通信2014年4月号
 ▲ 月間サポマネ通信2014年4月号。
こちらからPDFがご覧になれます。

そこで、20店舗のシャッターを開けるためには、まずは市民の多くが、商店街を思い出して、そして集う仕組みを構築することが大切であると考え、「カフェスペースYotten」と「アブラツコーヒー」のオープンによる拠点開設(エリアの核)、そしてその核の隣に拠点を増やすか、或いは拠点と拠点の間に新たな拠点を作るとした手法で進めようとしている点に計算されたストラテジーを感じます。

それと併行して、市民自らのアイデアを起点にした年間を通じた様々なイベントの開催から始めています。つまり、「集客の仕掛けがなければ購買には結びつかない」と考え、商店街の個別店舗にお金が落ちることは少ないことを知っていながら、まずはイベントの連続開催から再生活動をスタートさせています。そして既存の組織を見直して、古くからの良さを大切にしながらも、新規のウエーブが巻き起こる仕掛けを次々に繰り出しています。特に活動の「みえる化」として、3ヶ月に1度の頻度で定例的に地域の皆さん向けに報告会を開催し、その報告会や活性化イベントの都度、マスコミをうまく活用するなど、継続的に市民に対しての広報・広聴を怠っていません。

加えて、そうしたイベントで得た意見をフィードバックさせて次の企画に活かそうと努力している点も見逃せません。岡山市における商店街のイベントでは、イベントそのものが目的となり、そのあとのフォローやマーケティング発想によるシナリオアプローチがほとんど見られません。木藤さんのモットーは「色んなチャンネルからアイデアをいただいてみんなが使いこなせる商店街にしていくことが重要だと考えているのでこういうことをやろうと思います。大型店との差別化。もっともっと店主の魅力があふれる商店街にしたいですね。もちろん、いきなり劇的な変化は無理です。小さなことからコツコツと一歩一歩、進んでいきます。」と語っています。
そして、イベントの継続実施の実現により、いよいよ再開発に着手する計画が展開されようとしています。その要諦は、経済産業省の資金を活用して、廉価に店舗を改札するための方策として、船舶用コンテナを空き地になったポイントに設置して物販と飲食を組み合わせた「お洒落な屋台村」を創設、また、観客は屋外にいて映画鑑賞ができる仕掛け、もちろん、トークショーやライブなど様々な団体が多目的に利用できる施設を併設する企画とのことです。こうすることにより、一気に20店舗が開店できるスキームが実施されようとしています。まさに、商店街の利点を活かしたテナントミクスです。「場づくり」、「人づくり」、「商店街づくり」、これらが一体化して進もうとしている点が、日南市油津商店街再生に向けた最大のポイントです。以上が、視察調査の概要です。

油津商店街の再生が成就することを祈念して、そしてまた、再会を誓い合って木藤さんとお別れしました。

地域金融機関と地元商店街・地場企業

商店街の規模は、圧倒的に岡山市の方が大きく、通りの長さも奉還町商店街よりも短いです。また、商店街も空き店舗、空き地が多く見られ、近隣に2つあるショッピングセンターに、ほとんど顧客を奪われているとの印象を持ちました。

ショッピングセンター
 ▲ ショッピングセンター

一方で、そうしたなか、食事処、写真館、美容院、花屋、下駄屋さん、豆腐屋、パン屋、菓子店など、品の良いお店が残って頑張っていると感じました。元気がよかった店舗は魚屋さんで、地元で獲れた新鮮な魚が陳列されている光景に地元らしさを感じることができました。

魚屋
また、山形屋百貨店も時代の流れとのギャップを感じる部分もあったが頑張っています。木藤さんのヒアリングのあとで、宮崎県の第二地方銀行である宮崎太陽銀行油津支店を訪ね、支店長に続けてヒアリングを実施しました。その概要とそこから導き出された結果を以下に記します。

油津商店街
 ▲ 商店街と山形屋百貨店(右)

日南市は、県都の宮崎市から距離もあり、全体的な景気は低迷が続き、プロ野球のキャンプシーズンは賑わうものの、通年ベースでは活性化に決め手を欠いている状況であるとの説明を受けました。油津駅の隣の日南駅には王子製紙の工場があることから、この近隣では住宅の新築があるなど、明るい材料も見受けられる。しかし、新しく観光客を呼び込むには、飫肥観光と油津観光の連携推進などの取り組みはあるものの、話題性としてはいま一歩であると言わざるを得ないとのコメントでした。商店街の活性化については、木藤さんたちの活躍に大きな期待を寄せているものの、個別商店で資金需要がある店舗は少なく、後継者問題や空き店舗対策に有効な手立てが見出しにくいとの現状をヒアリングさせていただきました。金融庁が勧める地域密着型金融(リレーションシップバンキング)で求められる「目利き」を発揮するには、さらに工夫が必要との感想です。

つまり、それぞれの地域経済圏単位で事情は異なるとは言いながら、格差社会は、ますます拡大しています。例えば人口減少が著しい県や地町村では地域経済は地盤沈下が続き、商店街や企業が衰退すると、その地域を担当する金融機関の店舗も厳しい状況が続き、店舗の統廃合が余儀なくされています。少子高齢社会の進展と相まって、市区町村別将来推計人口などの統計からも明らかなように、こうした格差がマイナスに拡大する地域の集大成が全国規模になり、現在、わが国全体を覆う景気の不均衡感を形成しているといえます。

突破口が見えないまま閉塞感が続く状況で、商店街の再生に夢をつなぐことは、とても大変なことです。これまで地域金融機関は、地域の個人から資金を預かり、その資金を事業者に貸付け、それにより地域社会や経済は繁栄してきました。つまり、地域金融機関は地域の商店街や企業と運命共同体、一心同体であるという価値観が存在してきたのです。このメカニズムは右肩上がりの経済においてはすばらしい機能を果たしました。それが、今般の長く低迷する景気の中で、多くの地域金融機関で有効に機能しなくなってきています。

現在、社会環境の変化を受けて企業行動は2極化しています。一つの企業のタイプは、無理をしない、設備投資をはじめ事業規模を無理に拡大しないタイプの企業で、これら企業はいわば「無借金経営」を目指せる先で、資金の調達構造の多様化や内部留保の積み増しと相俟って、地域金融機関にとってビジネスチャンスに結び付きにくいため、貸出案件そのものが減少しています。もう一方のタイプは、後ろ向きな貸出先で、いわゆる破綻懸念を含む分類債権先として貸出条件に制限を設ける必要のある先です。これら企業に追加貸出を行う場合、「貸し手側の責任」も問われるため、実態的に「カシシブリ」や「貸し剥がし」といわれる状態にならざるを得ない懸念が発生するのです。こうした先は「経営改善計画」の作成支援や提出をしても、多くの場合、改善しにくいのが現状で、この状況を何とか打破・改善しようと経営資源を最大限投入しても限界がある場合が多いといえます。特に法人成りしていない商店街に多い個人事業主の場合は、イオンなどの大型商業施設と比べて、商品の仕入れ・販売能力、トレンド分析能力、そして財務力など、どれをとっても比較になりません。特に担保余力や後継者もないケースが多いでしょう。

一方で、大手商業資本がすべて地域における消費経済を独占或いは寡占すると、それら資本の本部は東京や大阪など地域以外にあるため、地域における貨幣は、一旦、県外へ流れますので、その流通形態は歪にならざるを得ません。こうした状況が続けば地域社会は、ますます「劣化」せざるを得ず、ひいては、地域社会の存続そのものに影響を与えかねないのです。こうした都市間格差や地域間格差が広がりを食い止めるためにも、地域固有の歴史や文化に根ざした、商業モデルは必要なのです。

すなわち、ここ油津商店街がチャレンジしようとする、「場づくり」、「人づくり」、「商店街づくり」一体化のプロジェクトを、何らかの形で、地域金融機関が支援するモデルを考えていただきたいと願います。